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- 2026.03.06
違法判決受けたトランプ関税
米国経済研究者(立命館大学特任教授) 中本悟さん
関税で物価高と経済混乱招く 米追随やめ国際ルールで対応を

中本悟さん
米国の連邦最高裁判所は2月20日、トランプ大統領が世界各国に一方的に課した「相互関税」などについて違法だとする判決を下しました。トランプ大統領は違法とされた関税を停止し、別の法律で10%の一律関税を発動。国際貿易にさらなる混乱と不透明さをもたらしています。この問題をどう見るか、米国経済研究者の中本悟さんに聞きました。(伊藤紀夫)
―米最高裁の判決はトランプ関税に法的根拠がなかったことを浮き彫りにしました。どんな内容ですか。
トランプ大統領は昨年4月、米国の貿易赤字に対して緊急事態を宣言して世界各国に「相互関税」などを課しました。その根拠としたのが「国際緊急経済権限法」(IEEPA)です。
判決の主たる内容は、緊急事態宣言のもとで大統領は同法を使って貿易を制限することは可能だが、同法は関税を賦課する権限までは大統領に与えていないというものです。
この判決で、「相互関税」と、中国、カナダ、メキシコに対するフェンタニル(麻薬性鎮痛剤)制裁関税は無効になりました。
もともと、「相互関税」はWTO(世界貿易機関)協定のなかの国際貿易の基本原則である「最恵国待遇」に違反していました。このルールは、1947年に成立したGATT(関税貿易に関する一般協定)を引き継いだ長い歴史をもつものです。
「最恵国待遇」は、同じモノに対してA国とB国で違った関税をかけるというのは差別待遇になるので、これを禁ずるというものです。「相互関税」は、同じモノでも貿易相手国で関税が異なるので、この原則に反するわけです。
ところが、そのルール違反を裁くWTOの紛争処理パネル(小委員会)は、トランプ政権が委員を送らないなどの妨害で成立せず、機能不全に陥っています。その現状をトランプ大統領は利用し、一方的な関税を課していたわけです。
今回の違法判決は、9人の裁判官のうち6人の多数意見です。その内訳は保守派3人、リベラル派3人で、トランプ氏指名の2人が含まれています。米国の憲法は「代表なくして課税なし」で成立しているので、立法府の議会だけに関税を含む課税権を与えているのです。議会に対する説明と同意がないまま、関税を大統領が課すのは違法だというものです。
判決は立法府と行政府の権限を再確認し、司法の独立を守って、三権分立の民主主義的な手続きが維持された点で、大きな意義があったと思います。勝手な王は要らない―「No Kings」ということです。
―これまでのトランプ関税によって、米国はどんな影響を受けていますか。
トランプ関税は「最恵国待遇」原則ではなく、ディール(取引)によって関税が決まるので、企業の国際事業活動にとって先行きが非常に不透明になる問題があります。
しかも、この平均実効関税率は1930年のスムート・ホーレー関税法以来の高水準で、17%に上昇しています。ニューヨーク連邦準備銀行の調査では、関税によるコストの約90%は米国の企業と消費者の負担です。外国企業に払わせるとしたトランプ大統領の主張とは全く異なっています。
とくに中小企業のほとんどが値上げやその検討をせざるを得ず、中小企業の約30%が人員削減を予定せざるを得ない状況です。今回の訴訟を中小企業が主導したのは、そのためです。輸入物価は上がり、これが物価上昇の一因となって消費者を直撃しています。
一方、肝心の貿易赤字は1年間で目立った減少はなく、製造業の雇用は横ばいで、関税による景気回復の兆候はほとんど見られません。
―「相互関税」などの失効による関税の還付はどうなるのか、代替の関税はうまくいくのか、今後の問題についてはどうですか。
輸入業者がすでに納めた関税は、昨年末で1300億ドル(20兆円)です。米国際貿易裁判所は4日、「相互関税」などについて還付開始を命じました。
年末までに30万超の輸入業者が納入済みで、1800社が還付を求めて裁判所に提訴しています。還付しなければ、裁判も拡大して大変なことになります。
トランプ大統領が代替として適用したのが、1974年通商法122条(国際収支権限)です。この法律は巨額かつ重大な国際収支赤字に対し、規制措置(輸入課徴金最高15%など)を取ることを大統領に認めています。その適用は最大150日間で、期間延長には議会の決議が必要です。
しかし、最近の調査では米国民の60%以上がトランプ関税に反対する中、11月に中間選挙(上院議員の3分の1、下院議員全員が改選)を控えた議会が関税引き上げを議決するのは難しく、大統領と共和党を含む議員との対立も大きくなるのではないかと思います。
通商法301条の適用も検討しています。その際は特定国の何が不公正貿易なのかを調査して証拠を示す必要があり、それは当然、相手国との間で貿易の政治問題化を引き起こします。
日本の経団連に当たるビジネスラウンドテーブルは、広範な関税を賦課する「相互関税」にはもともと反対でしたが、今回の判決を受けた声明では、特定の不公正な貿易慣行と国家安全保障上の懸念に焦点を絞るよう求めています。
とくに中国を想定した「非市場国」に絞るよう求めており、米中の対立はさらに激化し、主要国が取り組んでいる経済安全保障を加速化するとともに、世界経済の分断と政治的・軍事的対立が強まるでしょう。
―米国に追随して何とかしようという日本政府の対応は、どうですか。
日本政府はすでに最先端半導体開発でラピダスへの巨額の補助金支出やGDP(国内総生産)比2%の軍拡を進めています。高市早苗政権は、GDP比5%という米国の要求に応じて、さらなる大軍拡、経済安全保障の柱である国産化や戦略産業の自立化を推進する姿勢です。これは国民に累を及ぼす危険があります。
トランプ政権は、高関税の脅しをかけて、各国に対米投資を強制してきました。その中で日本も対米交渉で約束した80兆円規模の対米投資を進めています。関税引き上げとディールで米国に有利な経済関係を再編しようとしていることが、国際貿易の不安定と不透明さを加速しています。
WTO協定が多国籍企業本位になっているという問題はありますが、曲がりなりにも貿易ルールを共通のものにしようとしてきました。各国の主権と国民生活、産業政策をベースにしたWTO協定にする改善は必要ですが、もともと国内取引よりも不安定な国際取引には、国際的なルールや紛争処理機関が不可欠です。
そんなルールは要らないと言わんばかりのトランプ大統領によって、世界経済の分断化が進んでいます。
日本は米国の一方的な強制に追随するのではなく、国際的なルールの価値を多くの国と共有し、ルール重視の方向で他国とも連携していくべきだと思います。圧倒的多数の国は、そのように考えているのです。
なかもと・さとる 1955年生まれ。立命館大学特任教授・大阪市立大学名誉教授。『現代アメリカの通商政策 戦後における通商法の変遷と多国籍企業』(単著)『米中対立と経済安全保障 相互依存・分断・供給網の政治経済学』(共編著)など。

