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- 2026.03.01
高市首相の「責任ある積極財政」
関西大学名誉教授(財政学) 鶴田廣巳さん
大企業に財政投入で経済沈滞 失敗加速する政策から転換を
高市早苗首相は総選挙で「重要な政策転換」について国民に信を問うとして「その本

鶴田廣巳さん
丸は『責任ある積極財政』です」と訴えました。「先端技術を花開かせる『戦略的な財政出動』は暮らしの安全・安心を確保するとともに、雇用と所得を増やす」と未来をバラ色に描いて「希望」を語りました。20日の施政方針演説でも繰り返しましたが、本当に希望が持てる転換なのか、関西大学名誉教授の鶴田廣巳さん(財政学)に聞きました。(伊藤紀夫)
―「これまでの経済・財政政策を大きく転換する」との訴えをどう見ますか。
高市首相の「責任ある積極財政」は、これまでの財政出動が「行き過ぎた緊縮志向」によって投資不足になっていることを前提にしています。だから、積極的な財政出動によって企業の投資を促進する。そのことで、賃上げや個人消費の増加を実現し、景気の拡大を可能にすることで税収増により財政健全化もできる。こういう楽観的なシナリオを描いているわけです。
結局、アベノミクス(安倍晋三元首相の経済政策)の二番煎じです。アベノミクスの時はまだデフレ経済という環境下でしたから、財政出動して需要が増えても、すぐにはインフレにならないどころか、2%の物価上昇目標は10年たっても達成できませんでした。
ところが、今のインフレ下で財政出動すれば、インフレを加速しかねないというのが経済学者の大方の見方です。高市首相が言う財政出動によって経済の好循環がもたらされるとのシナリオには疑問があります。
財政出動が緊縮志向で過小過ぎたということも、事実に反します。この30年間、自民党政府は莫大(ばくだい)な規模の経済対策を実施してきました。にもかかわらず経済はほとんど成長しなかった。だから、「失われた30年」といわれるわけです。
2013年以降の経済対策に限ってみても、安倍、菅、岸田の3内閣の10年ほどの間に実行された財政支出は
合計257兆円にのぼり、事業規模では447兆円に達しています。コロナ危機対策という面があったにしても、かつてない規模の財政出動が行われたわけです。「行き過ぎた緊縮志向」が日本経済を沈滞させてきたという議論は成り立ちません。財政支出のあり方に問題があったというのが本質でしょう。
ところで、高市首相の議論の前提になっているのは、トリクルダウン理論です。財政によって国内投資を加速して企業が利益をあげれば景気がよくなり、労働者、国民にもその利益がしたたり落ちるという理論ですが、マクロ経済学者の間では間違っているというのが通説です。事実、アベノミクスのもとで実現できなかっただけではなく、今、その負の遺産で日本経済は沈滞しているわけです。
今回は「サナエノミクス」といわれていますが、軍事に傾斜していますから、もっと経済効果は薄くなるのではないかと思います。
楽観的なシナリオの半面には大きなリスクが存在しています。一つは財政出動で財政規律に対する信認が一気に低下することです。もう一つはインフレを加速し物価高が進み、国民の生活困難が高まることです。
日本は先進諸国の中で最悪の債務国家です。「戦略的な財政出動」と称して「危機管理投資」「成長投資」を進め、「強い経済」を実現するといいますが、財源はあいまいなままです。赤字国債に大きく依存することになれば、財政不安から国債が売られ、国債価格が暴落し、金利が急上昇することになりかねません。
国債価格の下落はまた、日本の財政に対する信頼を失わせるので、円安を加速する結果になり、食料や資源・エネルギーなどの輸入価格の上昇によってインフレがさらに深刻になるリスクが高まります。それは物価高と賃金や収入の低迷の二重苦に悩む家計を直撃することになりかねません。
高市首相は3月の訪米で、トランプ米大統領からGDP(国内総生産)比3・5%とか5%といった軍事費の増額を迫られ、単年度で20兆円とか30兆円という巨額の軍事予算を組まざるをえなくなるかもしれません。食料品の消費税を2年間ゼロにする「検討を加速」すると公約していますが、財源もあいまいなままです。今後の財政運営次第では一気に財政危機が高まる可能性があります。財源難から医療・介護などの社会保障や教育、生活関連インフラなどが大規模に削減されるかもしれません。
22年9月、英国で当時のトラス首相が財源の裏付けのない大規模減税政策を発表したことが引き金になり、金融市場の大混乱によって国債暴落、ポンド安、株安のトリプル安が起こり、わずか44日で首相退陣という結果になりました。この「トラス・ショック」を引き合いに、わが国でも「サナエ・ショック」の可能性が懸念されています。
―高市首相は「戦略17分野」(AI・半導体、造船、防衛産業、海洋など)をあげ、「新技術立国を実現」し、「日本列島を強く豊かに」すると宣伝していますが、どうでしょうか。
17分野は多過ぎで、どうやって戦略的な投資をして国内企業を誘導するのか疑問です。これまで政府が巨額の補助金をつぎ込んで失敗した事例には事欠きません。AI・半導体や海洋を先行的に進めるようですが、過去の教訓を踏まえているのか疑問があります。
海洋についてはレアアース採掘を盛んに宣伝していますが、水深6000メートルの海底から鉱物入りの泥をくみ上げただけです。そこから精製して商業ベースに乗せるのに何十年かかるかも、はっきりしません。中国産の20倍の価格になるとの報道もあります。
―施政方針演説で「複数年度予算や長期的な基金による投資促進策」、危機管理投資や成長投資などで「予算上、多年度で別枠で管理する仕組みを導入」としている点はどうですか。
まだ具体的ではなく、予算全体の枠組みの中身がよくわかりません。「別枠で管理」といっていますので、多分、基金を活用するのではないかと思われますが、基金の運用では何にどう使われているのか不透明になる可能性があります。要するに、財政の可視性を弱め、さらには財政を悪化させる恐れがあるのです。
基金はバブル経済、リーマン・ショック、第2次安倍政権、特にコロナ禍の時期に多用されてきました。各省庁が巨額の財政資金を自由に運用できる手段として基金が乱用されており、放漫財政の典型例の一つといえます。これが高市内閣の危機管理投資や成長投資で大規模に活用されれば、放漫財政がさらに深刻化することを危惧しています。
―この行き詰まりを打開するには何が必要ですか。
法人税を大幅に引き下げ、大企業の成長ばかりに巨額の財政資金をつぎ込んできたやり方は内部留保を積み上げ自社株買いや株主還元に回っただけで、実質賃金のマイナスと経済の低迷を招き失敗したわけです。
失敗した自民党の経済政策を新たな装いで進めようとしているのが高市政権です。国民の生活難を解決するには、この30年間に低下し続けてきた賃金の大幅引き上げが必要です。中小企業の賃上げには大企業の内部留保の一部を活用し、原発依存を脱して再生可能エネルギーで地域経済を活性化させるなど、根本的な転換が求められています。
高市政権が成長戦略に掲げる「17の戦略分野」
(1) AI・半導体
(2) 造船
(3) 量子
(4) 合成生物学・バイオ
(5) 航空・宇宙
(6) デジタル・サイバーセキュリティ
(7) コンテンツ
(8) フードテック
(9) 資源・エネルギー安全保障・GX
(10) 防災・国土強靱化
(11) 創薬・先端医療
(12) フュージョンエネルギー(核融合)
(13) マテリアル(重要鉱物・部素材)
(14) 港湾ロジスティクス
(15) 防衛産業
(16) 情報通信
(17) 海洋
つるた・ひろみ 1947年、福岡県生まれ。関西大学名誉教授。日本財政学会顧問。大阪経済大学教授、関西大学教授、日本租税理論学会理事長を歴任。著書に『グローバル時代の法人課税と金融課税』『財政危機のカルテ』(編著)『現代租税の理論と思想』(編著)など多数。

