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- 2026.09.28
全国自死遺児500人調査 特別フォーラム きょうだいを亡くした当事者の声 ゆっくり悲しむ時間を
2026年9月27日【くらし】
子ども時代に親やきょうだいを自殺で亡くした当事者の、500人調査が進められています。実施主体である一般社団法人リヴオンや岡山県立大学大倉高志研究室などが主催して、9月はじめに特別フォーラム第2弾を開催。きょうだいを亡くした当事者の思いを共有し、必要な支援について考え合いました。(堤由紀子)
自責の念が…

教員からのパワハラ・虐待による「指導死」で高校1年生だった弟を亡くしたはるかさん。一番長い付き合いの友達のように、仲が良い2人でした。前日に相談を受けたのに、防げなかったことへの自責の念。自身も自殺を考えましたが、「弟は死ぬほどの傷を負ったのだから、私は生きて遺族としての苦しみを知ろう」と、国家賠償訴訟や当事者らによる「分かち合い」への参加などをしてきました。
とてもありがたかったことは、「あなたもつらいんだから、お母さんを支えようとしないでいいんだよ」という母の友人の言葉でした。「こういう言葉を早い段階で、どの遺族にも言ってくれたら」とはるかさん。
警察署や葬儀社、裁判所、マスコミ、弟の友人など、たくさんの人が向き合ってくれました。「この世も捨てたもんじゃない、きちんと向き合ってくれる人がいるよと弟に伝えたいです」
一方で「偉いね」「自分の人生も大切にね」と言われると、特にモヤモヤを感じます。弟の名誉を大切にしたい。自身の心を大切にしたい。今生きる社会をこれ以上嫌いになりたくない。そんな思いから活動しているのにと…。「ゆっくり悲しむ時間がほしかった」。そのための支援を、はるかさんは願っています。
いつも通りに

高木俊人さん(30)は、中学2年生の弟を亡くしました。当時、高木さんは高校1年生。2人が通っていた学校や近所でどんな説明がされたか分かりませんが、心配する連絡をもらったりすると「あ、知ってたんだ」と。「亡くなったということや自死だったということを、どこまで伝えていいのか」というのが悩み。「説明するのは難しいし、相手に気を使わせるのも嫌ですから」
大学生になって家を出てからは、自死遺族であると話すことはほとんどありませんでした。「きょうだい何人いるの?」と聞かれた時には、「姉1人です」と。「ああ、弟はいなくなったんだなと自覚させられます」
あえて帰省もしませんでした。両親と姉と自分。この4人で過ごすと、弟がいないことを自覚してしまう。父親がそういう場を好まない感じだったと言います。
30歳近くになってから、より帰りづらくなったと高木さん。なぜなら、弟と自分はよく似ているから。「大きくなったらこんな感じかなと思わせてしまうかも、と帰りにくかったのかもしれない」と振り返ります。
「支援がほしかったということはあまりなくて。いつも通りに接してくれればよかったな、と思います」
自分が生きていくために
自死遺族の取り組みから
森本康平さんは0歳の時、よだかさんは10歳の時に母を亡くしました。2人は4年前に「wish you were here」(あなたにここにいてほしい)という活動を始めました。
公式LINEに連絡をくれた人とチャットでやりとりをし、希望があればZoomで話します。定期的なミーティングは行わず「話したい気分になった時に連絡をもらって話す」というスタンス。旅行がてら、お互いが住んでいる場所に会いに行くこともあります。
当事者やゲストの語りを「wish you were hereの対話」で配信。森本さんは、活動を通じて感じたことや心境の変化などについて、創元社note部で発信しています。8月には、同社から『身近な人の自死とグリーフをめぐる語り合い』(写真)として書籍化されました。
活動についてフォーラムで紹介した、よだかさんは、不登校や転職を繰り返し「社会に適応できないのは自分のせいだ」と思い込んできました。自殺した母の第一発見者が小学1年生だった弟で、次がよだかさん。子どもたちだけで対応せざるを得なかったその場面や心細さが、何度もフラッシュバックするのです。
「でも、身近な人を亡くすとこういうことも起きると分かって楽になれました。自分のせいじゃなかった」とよだかさん。「自分が生きていくために活動しています」
◆「全国自死遺児500人調査」への参加はQRコードから


