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【8月連載】一人ひとりの読める!のために 高田裕美(3)
UDフォントの思想
2026年8月18日【くらし】
「UDフォントは、誰にでも読みやすいのか」と問われることがある。
私は、人の感じ方は多様なので一つの書体が誰にでも読みやすいことは、あり得ないと思っている。ではUDフォントは、他のフォントと何が違うのだろうか?
UDとはユニバーサルデザインのことで、能力差や障害の有無、年齢・性別・人種などの違いにかかわらず、より多くの人が利用できるというデザイン概念のこと。
UDフォントは、この概念を受けて、「より多くの人に、文字の形がわかりやすく、文章が読みやすく、読み間違えにくいこと」をデザインコンセプトとしている。

WindowsOS標準搭載のUDフォント。五つの書体すべての開発に筆者が携わっている

一般的なゴシック体とUDフォントの一つ「BIZ UDゴシック」の比較。「BIZ UDゴシック」は、字面(文字を設計する際の基本枠)が大きく、ふところ(空間)も広い。形が似た英数字の区別もつきやすく作られている
より多くの人に
一番大切なポイントは「誰にでも」ではなく、「より多くの人に」である。多数派の読みやすさを示しているのではない。ディスレクシア(読み書き障害)やロービジョン(弱視)のように、今までスルーされてきた、少数派の読みにくさを抱える人たちに焦点を当てつつ、多くの人の読みやすさも大きく損ねないバランスをとってデザインしているということ。
「UDデジタル教科書体」をリリース以降、今まで読みに困難を感じていた方々からお礼の言葉をいただくことが増えた。困難を感じていなかった多数派の人からも「確かに読みやすく、普段は慣れている明朝体で読んでいるが、目が疲れたときはUDデジタル教科書体に変えている」と肯定的な意見も聞かれる。
一方で、「UDデジタル教科書体が注目を浴びているが、自分は読みやすいとは思わない」という否定的な声も聞かれる。どちらかの意見が間違っているとは思わないし、自分で書体を選択できる環境さえあれば、それぞれの読みやすい書体で読むことができる。
ただ、多くの人の読みやすさは、自分の読み心地だったり、好みだったりするが、読みに困っている人の読みにくさは、読む時間が何倍も遅くなり情報を読み取ることが難しくなる、苦手な書体で読み続けると集中力が低下し、吐いてしまうなど深刻な状態である。
UDデジタル教科書体に出合って、「自分はバカじゃなかった」と気づいた子どもの話を聞いて、もっと早く知っていればと申し訳なく思うこともあった。
多数派の基準だけで評価され続けると、自分らしさを否定し、自己肯定感が失われてしまうこともある。多様な人が読む公共のプリントやサイン(標識や地図、案内板等)は、どこを落としどころにすると「より多くの人」の情報格差や学びのハードルを減らすことができるのか、書体選択にも意識を向けてほしい。

イラスト くどうのぞみ
環境を調整する
「インクルーシブ(誰一人取り残さない)社会」や「合理的配慮」という言葉もよく耳にするようになったが、少数派の人が多数派優位の社会に合わせられるように配慮するという意味ではない。「合理的配慮」は英語では「リーズナブル・アコモデーション(Reasonable Accommodation)」といい、アコモデーションの本来の意味は、配慮ではなく調整であるという和訳への批判もある。すなわち、少数派の人も暮らしやすいように、社会や環境のほうを調整しようという考え方である。
私は、この考え方そのものが、社会の一員として「社会をデザインすること」につながると思っている。
そして、それを実現するためには、一人ひとりが少数派の意見にも耳を傾け、話し合い、より良い社会の仕組みに変えていくこと。多数派である人も“自分ごと”と考えて、差別なく誰もがアクセスできる、幸せになれる道を探し続けることが大切だろうと思う。
つまり、多数派優位の社会のあり方を再考し、皆が自分らしさを失わず、お互いの弱さも理解して尊重し合える社会へと舵(かじ)を切ることが必要なのである。
(書体デザイナー)
(火曜掲載)


