現場Note

登山守る

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写真部 佐藤光信

山小屋エイド

 視界いっぱいの朝焼け。長野県と山梨県にまたがる八ケ岳の硫黄岳山荘(標高2650メートル)からの景色です。コロナ禍で今年の登山者が激減。各地の山小屋は経営の苦境に立たされています。「山小屋が立ち行かなくなれば、登山の安心・安全にとっても重大なことになる」と、登山に関する雑誌や書籍を出版する「山と渓谷社」が、インターネットで寄付を募る「山小屋エイド(援助)基金」を立ち上げ、支援の輪が広がっています。今年創立90周年を迎える同社。社長の川崎深雪さんが声を上げ、自ら手を挙げた社員の中から9人でチームを作り、5月18日にスタート。当初目標の300万円はその日に達成。全社員の胸が熱くなりました。「基金」は今月13日まで。11日12時現在、8959人から9100万円以上が寄せられています。集まったお金は希望する山小屋99軒に均等配分します。同様の取り組みは、登山アプリ「YAMAP」で知られるヤマップも行い、6月30日に終了しています。

客減り営業断念

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 新型コロナウイルスの影響で激減した登山者。八ケ岳連峰の硫黄岳から赤岳へ続く標高約2700メートルの稜線(りょうせん)も、例年なら大勢が訪れるシーズンですが、たまに出会うだけです。今回、記者が宿泊した山小屋では、1泊目は定員40人に2人。2泊目、定員200人に7人。3泊目、定員200人に13人でした。営業を断念した山小屋も少なくありません。八ケ岳では33軒中11軒が休業。営業する小屋も感染対策のため、客数を3分の1から4分の1に制限しています。閉めると登山者がトイレを使えません。「八ケ岳観光協会」会長の浦野岳孝(たかゆき)さんは「山小屋は登山者を泊めるだけでなく、山の安全や環境を守る役割がある」と言います。

山道整備

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 沢沿いの道を上った静かな森の中。夕暮れに夏沢鉱泉(標高2060メートル)の明かりが灯(とも)ります。八ケ岳連峰は南北約30キロメートル、東西約15キロメートルの中に標高2000メートルから3000メートル近い山々が連なります。森と湖の散策から稜線(りょうせん)の縦走、岩稜の岩登りまで多彩に楽しめます。登山道の多くは山小屋の人たちが整備しています。急な坂は階段状に、沢には橋を、崖崩れがあれば通れるように道を開きます。台風などで、倒木が道を遮ればチェーンソーで切り、通れるようにします。八ケ岳は中信高原国定公園に指定されているため、整備は県の許可制です。写真を撮って事前に許可を取り、整備後、写真を付けて報告します。手間ひまのかかる作業です。

多彩な高山植物

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 高山植物の女王と呼ばれるコマクサ。花の形が馬(駒)の顔に似ています。「花の八ケ岳」と言われ、稜線(りょうせん)付近の岩角地や砂礫(されき)地、風衝(ふうしょう)草原などの多彩な地形にさまざまな花が見られます。北アルプスなどと比べ雪解けが早く、5月末から次つぎに咲きます。登山道の整備は登山者の安全を守るとともに、自然保護の役割も担います。人が足を踏み外さなくなり、高山植物を守ります。広いガレ場では、道の両側にロープを張っています。「写真を撮るために登山道を外れるのは慎んでほしい。いつまでも美しい高山植物を楽しめるように」と八ケ岳観光協会の浦野岳孝(たかゆき)さんは語ります。

ウイルス感染対策

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 登山者に少しでも快適に過ごしてもらうため、雨の日以外は布団を干します。八ケ岳の硫黄岳山荘で以前から行われている作業です。新型コロナウイルス感染対策でスタッフの仕事が増えています。玄関や食堂、各部屋をアルコール消毒し、客にも消毒を呼びかけます。また、シーツ、枕カバーは客ごとに交換し、街のクリーニング店に出します。食堂のテーブルは透明なアクリル板で仕切り、グループが向き合って食事を楽しめる工夫をしています。大部屋は一人ずつベニヤ板で仕切りました。定員200人ですが、半数以下しか泊まれません。 これらの対策で経費が増え、収入は減っています。

力合わせ歩荷

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 山小屋の多くはヘリコプターをチャーターし、物資を輸送します。しかし、悪天候の日は飛べません。そのため、木と麻縄で作られた背負子(しょいこ)を使う「歩荷(ぼっか)」と呼ばれる荷揚げ作業をします。屈強な人なら50キログラムから60キログラムを運びます。八ケ岳の硫黄岳山荘では7月初旬にヘリで荷揚げする予定でしたが、雨や霧の日が続き、初めて飛べたのが今月3日でした。必要な資材や食料品を運ぶ歩荷が1カ月以上続きました。スタッフ5人全員が雨の日も順番に担当。車が入る麓から2時間半かかります。昨年から働き始めた女性が担ぎ上げた最高重量は25キログラム。「みんなにほめられた」とうれしそうに話します。

地平線までの星空

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 星に手が届きそうな夜空が地平線まで続きます。夕食を済ませた泊まり客が星空観察。至福の時間です。スタッフの夜は忙しい。夕食づくりが夕方4時ごろから始まります。テーブルをセットし、透明の仕切り板を設置、全てをアルコール消毒します。食事時間が近づくと、分刻みの作業です。以前はテーブルにご飯のおひつとみそ汁の鍋を置き、おかわり自由でした。コロナ禍で、おかわりはスタッフの仕事になりました。客が食事を済ませ、片付けが終わると、やっと自分たちの賄いを作り夕食です。朝は夜明け前から働きます。スタッフは登山客に山の情報や天気予報を提供。けが人や遭難者の救助もします。休憩所としてだけでなく、悪天候の避難場所にもなり、登山の安全・安心を支えます。