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2026年10月26日

きょうの潮流

 春秋の例大祭や終戦記念日で靖国神社が話題となるたびに、ある写真を思い出します。『「誉れの子」と戦争』(中央公論社)の表紙を飾った「感涙にむせんだ」少年。じつは当局の指示で差した目薬のせいでした▼筆者の母方の祖母も、国民動員に巻き込まれた一人でした。夫は戦死し、靖国合祀(ごうし)の遺族証明書が送られてきました。1940年11月の奉祝祭に招かれ、当時の新聞各紙は遺児を「靖国の子」、祖母を「誉れの母」とたたえ、「健気(けなげ)にも女の細腕一つで…一家を守り続け」などと祭り上げました▼尽忠報国のプロパガンダに利用された戦没兵士の遺族。戦争中には国民を動員するための精神的な支柱として軍部が管理し、いまも戦没者を神として「合祀」し「英霊」と呼び、“誉れ”とたたえる靖国神社。そこに侵略戦争への反省はありません▼A級戦犯の合祀をめぐる内幕を伝えたNHKスペシャル「靖国神社 秘録 空白の戦後史」が先日放送されました。当時の厚生省「引揚援護局」の要職にいた陸軍大佐ら元軍人たちが暗躍。「合祀事務協力」を確立した経緯をはじめ、ふたたび“国家”が支えていたことを明らかにしました▼番組の取材に応じた遺族は「(戦没者が)神であることを、ある意味では強制されて遺族は生きてきた」と▼侵略戦争への反省を口にしないばかりか、靖国神社をたたえ、ことあるごとに奉祝の意を表している高市首相にたいする痛烈な言葉です。