「英霊の遺書、遺品等を永く保存して、その遺徳を後世に残す」「戦果を上げた6名の軍神等を紹介する」―。自衛隊の駐屯地や基地、学校内にある複数の展示施設で、戦死した旧日本軍将校や兵士らを「英霊」や「軍神」としたり、侵略戦争自体を「大東亜戦争」と美化し展示するなど、旧日本軍を賛美する内容であることが16日、本紙が情報公開請求で入手した資料で判明しました。これらの展示は、現役自衛隊員の「使命感及び徳操のかん養」等を目的として運用されており、自衛隊を旧軍へと重ね合わせる危うい実態が浮き彫りとなりました。(矢野昌弘)
(写真)「軍神」と呼ぶ相馬原駐屯地の展示
本紙が情報公開で入手したのは、25カ所で発行した見学者向けのリーフレットやパンフレットです。
このうち少なくとも4カ所の施設で、特別攻撃隊(特攻隊)を紹介する展示がありました。
特攻隊とは、アジア太平洋戦争末期の1944年10月から行われた敵艦への体当たり攻撃のことです。特攻機への搭乗は、戦死を意味していました。旧日本軍の人命軽視を象徴する無謀な作戦です。
航空自衛隊入間基地(埼玉県)の「修武台記念館」には、旧海軍の特攻兵器「桜花11型」を展示。「特攻隊員顕彰室」として、特攻作戦を肯定する展示となっています。
1968年に開設した陸自土浦駐屯地内の施設では「予科練(海軍飛行予科練習生)出身者の遺影、遺書、遺品など約1000点が展示・保管」されているといいます。リーフレットでは、予科練出身の戦死者を「英霊」と呼んでいました。
陸自の相馬原駐屯地(群馬県)の施設では「群馬県の出身で戦果を上げた軍神等を紹介する」とありました。板妻駐屯地(静岡県御殿場市)には、「軍神として尊崇される橘中佐の銅像があります」。
戦前、中国東北部に建国した日本政府のかいらい国家である「満州国」の国旗などがある豊川駐屯地(愛知県豊川市)の史料館は、「先人の偉業及び光輝ある伝統を駐屯地隊員に浸透・継承…」することを館の目的としていました。
北海道旭川市にある北鎮記念館では、1941年に始まった太平洋戦争を当時の東条英機内閣が侵略を正当化する目的で名付けた「大東亜戦争」の呼称で展示していました。
こうした展示内容は、日本の侵略戦争を正義の戦争として、その戦死者を顕彰する靖国神社の遊就館に酷似します。空自の入間基地の文書では、「隊員の使命感及び徳操のかん養を図るため」としており、旧日本軍の価値観を自衛隊に持ちこまれるあやうさが拭えません。

