1931年9月18日に日本軍が「満州事変」を引き起こしてから、きょうで95年です。日本軍はみずから南満州鉄道を爆破して、それを中国軍の仕業とし、中国東北部(満州)への攻撃を開始、全面占領しました。15年にわたるアジア・太平洋戦争への道を開いた謀略でした。
この「満州事変」について、「私はセキュリティー(安全保障)のための戦争だと考えている」(2002年8月18日)と言い放ち、先の戦争を「自存自衛」の戦争と公言してきたのが高市早苗首相です。
かつて侵略戦争を始めた国である日本の首相が、戦後の国際秩序の土台というべき世界共通の歴史認識―日本やドイツの侵略戦争の断罪―からかけ離れた歴史認識を持っていることは重大です。
■侵略戦争の擁護論
もともと高市氏は国会で、「(先の戦争を)私は反省なんかしていません」(1995年3月16日)とのべたのをはじめ、当時の国際法では侵略かどうかの判断はそれぞれの国に任されていたと強弁。天皇の開戦の勅語をそのまま肯定し、日本は「自存自衛」の戦争だった、との主張を繰り返してきました。高市首相の侵略戦争美化は、歴代首相のなかでも突出しています。 さすがに首相になってからは、政治的配慮から持論を展開することは控え、先の戦争についての認識を問われると、これまで日本政府は侵略としてたびたび謝罪してきたとして、「その政府見解を踏襲しております」としています(2025年11月7日)。
しかし、8月15日の戦没者追悼式典での式辞では「反省」の言葉を消すなど侵略戦争を正当化する立場をにじませました。
靖国神社の参拝は見送ったものの、近くから遥拝(ようはい)し、玉串料を納めました。
かつて高市氏は、米国が安倍晋三首相(当時)の靖国参拝に「失望」を表明したことにふれ、「同盟国の米国が反対するのは理解できない。外交問題でなくなるよう努力を続けたい」とのべましたが、アジア諸国の批判や米国との関係を優先して、参拝を断念せざるを得なかったのです。
小泉進次郎防衛相ら閣僚4人は参拝しました。
首相らの動きに対し、中国政府は「日本の動きを厳しく非難する」、韓国政府は、「過去に対する謙虚な省察と真摯(しんし)な反省を行動で示すことを求める」と抗議しました。
韓国国防省は「(小泉防衛相の靖国参拝は)未来志向的な関係をつくっていこうという努力に正面から反する」と表明。この直後、小泉防衛相は韓国主催の防衛会議への出席を見送っており、「日韓協力」に水をさした形です。
侵略戦争を正当化し、歴史の大道に背を向けては、孤立を深めるばかりです。
■平和を築くために
一国の首相が歴史認識を堂々と語れないこと自体、歴史の審判に堪えられない認識であることを告白するものです。
平和と友好の関係を諸国と築くためにも、歪(ゆが)んだ侵略戦争美化を排し、日本の政治が世界と共通する歴史認識に立つことが強く求められます。

