95歳にして刊行した書には強い思いが込められていました。「戦争する国づくり」を加速させる高市政権への危機感とともに、立ち上がる市民の行動に熱い期待を寄せて▼戦争体験と戦後の思想変化、今の憲法を「武器」にした裁判闘争。その体験を伝え、残しておきたいとつづった内藤功さんの『憲法9条を持つ国に生きて』(旬報社)です▼遺書を記して入った海軍経理学校での過酷な訓練、無念と安堵(あんど)が交錯したという日本の降伏、帰省の列車から見えた海の美しさに「あぁ、もう死ななくていいんだ」との実感がこみ上げてきたといいます▼戦後の民主化のなかで青春を過ごし、やがて弁護士の道へ。なぜ日本が負けたのかと学んでいるうちに、無謀な戦争に反対して弾圧された日本共産党の存在を知り、松本善明さんの誘いもあって入党。国会議員としても活躍しました▼弁護士として初の大仕事は東京・立川にあった米軍基地の拡張をめぐる砂川事件。裁判では日米安保条約の合憲性が問われ、東京地裁の「米軍駐留は違憲」との判決は国内外に衝撃を広げました。その後も恵庭事件、長沼ミサイル基地訴訟、百里基地裁判、そして自衛隊のイラク派兵差し止め訴訟をたたかいました▼そのよりどころとなったのが、憲法9条の精神でした。「戦争する国」と「戦争しない国」を体験した内藤さんは確信を込めて。個人の尊厳と生命についての考え方にこそ、決定的な分水嶺(ぶんすいれい)があると。
2026年9月7日

