宇宙から見た青い地球、大地に根を張ったくらし。それを生きる指針としていました▼「地球が一つの命の塊に思えた」。日本人として初めて宇宙に行き、そう語っていた秋山豊寛(とよひろ)さんが亡くなりました。宇宙からの帰還後、金や権力、名声などというものがあまりにもちっぽけで興味が湧かなくなったとTBSを退社。福島で帰農生活を送っていたときに「原発難民」となりました▼断ち切られた日常と命を育む大地を汚された怒り。原発事故は人災、人類と核は共存できない、原発も核兵器もいらないと意思を固め、各地の集会で訴えてきました。それを推進してきた政府や電力会社をはじめとする「原子力ムラの連中」に一矢を報いたいとの一心で▼本紙日曜版でも原発ゼロへの強い思いを語っていました。「貧しさを大量に生み出し続ける経済成長を優先するのではなく、自然や環境など、お金に換算できない豊かさを大切にする社会こそ、子どもたちには必要なのです」▼福島の事故から15年。いまも反原発のたたかいは続きます。国策としてきた政府は事故の責任を果たせ、再稼働反対、核のゴミを押しつけるな――。あきらめない運動には日本と地球の未来がかかっています▼秋山さんは宇宙開発の軍事利用にも反対していました。農を通じて実感した、生きとし生けるものとの深いつながり。それが断ち切られたときこそ、立ち上がらなければ。そう遺言のように呼びかけ続けて。
2026年9月4日

