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2026年8月26日

普天間返還 辺野古断念を

沖縄知事選あす告示 デニー知事に聞く
県民が心一つに政府に迫るとき

 米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)の返還が遅れる一方にもかかわらず、沖縄の基地負担軽減に逆行するような自衛隊の増強が進む中で実施される県知事選の27日告示(9月13日投票)が目前に迫りました。3選をめざす玉城デニー知事に聞きました。(沖縄知事選取材団)


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(写真)玉城デニー沖縄県知事

 --米軍普天間基地返還を巡り、新たな局面のもとでの知事選となります。「移設」先の名護市辺野古の新基地は滑走路が短いので「普天間は返さない」、返してほしければ長い滑走路を米側に使わせなければならないとした米国側の文書が明らかになっています。どう受け止めますか。

 日本政府に「そういう約束をしたのか」「長い滑走路はどこを想定しているのか」と聞いても、「われわれとアメリカ側との協定に齟齬(そご)はない」というだけで、不誠実な姿勢に終始しています。長い滑走路の機能を有する3000メートル級の滑走路はどこを意味するかと言えば、那覇空港が候補になってしまうのは避けられないと考えます。

 沖縄県、県民にとって、那覇空港は人間で言えば大動脈に近い、経済や社会基盤の基礎をなす重要な空港です。有事になれば、県民は逃げる手段を失い、平時からの使用や訓練の増加も想定されます。那覇空港は自衛隊も使用しており、現在でも過密です。米軍が使う余地などほとんどないと言わざるを得ません。

 先日(8月18日)も那覇空港に配備されている航空自衛隊のF15戦闘機が、着陸の事故を起こしました。4時間余り滑走路が使えなくなる事態となったばかりです。那覇空港を米軍にも使わせることを条件に、辺野古の基地を建設させて普天間を返還させるというのは認められません。

 --普天間基地を返還しないとの米側の方針には、辺野古新基地建設を容認してきた人からも懸念や怒りの声が上がっています。

 新基地建設反対は、3度の知事選や県民投票で示された民意です。それを無視して工事を強行し、その上に代わりの滑走路まで求めるなどというのは、あまりにも県民を愚弄(ぐろう)していると言わざるを得ません。辺野古を容認してきた人も含めて、これは認められないとの思いが広がるのは当然です。

 2013年1月に県民の総意として、オスプレイ配備の撤回、普天間基地の「閉鎖・撤去」「県内移設断念」を求めて政府に提出された「建白書」の実現が今まさに求められています。

 当時、「これ以上、沖縄における米軍基地の強化は認められない」「この過剰な基地負担を早く軽減してくれ」と、与野党を超えて多くの県民の方々が建白書に託した願いでした。

 これは全く変わっていません。今こそ県民が一つになって、普天間基地の即時運用停止、閉鎖・返還、辺野古新基地建設の断念を政府に迫るときです。

沖縄を再び戦場にさせない 誰ひとり取り残さない優しい県へ

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(写真)総決起大会で参加者の激励に応える玉城デニー知事(中央)=22日、沖縄県宜野湾市

 --知事選で事実上の一騎打ちとなる予定の古謝玄太氏(前那覇副市長、自民・公明・維新・参政・国民民主などが推薦)の主張について、どう見ていますか。

 古謝さんは、名護市辺野古に基地を建設し、普天間基地を辺野古に「移設」する政府の計画を容認しています。辺野古新基地は、供用開始まで最短でも12年以上かかると言われています。普天間基地の一日も早い返還にはつながりません。

 政府はいつ普天間が返還されるか、いくらかかるのかも示しきれません。

 この間、宜野湾市民の多くのみなさんが一丸となって要望したように、政府は普天間基地を閉鎖する期限を明確にすべきです。市民や県民の不安な状況を払拭させる手だてを講じていくことこそが最良の手段だと私は申し上げたい。

 --政府が先島などでの自衛隊増強(南西シフト)を進めるなか、「沖縄が再び戦場になるのでは」という声が高まっています。

 今、世界では大国による一方的な現状変更が横行し、その軍備拡張の波が沖縄にも押し寄せてきていると思います。沖縄戦のあの凄惨(せいさん)な地上戦を体験した方々やご遺族など多くの方々が不安を持っているということは事実です。「まるで戦争が日に日に近づいてきているんじゃないか」と。だからこそ「命(ぬち)どぅ宝(命こそ宝)」、うちなーんちゅ(沖縄の人たち)が守り続けてきた言葉の意味を今一度かみしめるときだと思います。

 自衛隊の急激な配備拡張がかえって地域の緊張を高め、不測の事態が生じるのではないか。沖縄が再び戦場にされることは決してあってはなりません。南西シフトは沖縄の平和にはつながりません。

 軍事負担の増加、住民不安の高まりにつながる、南西諸島へのこれ以上の自衛隊増強や、日米共同軍事訓練に反対します。専守防衛の在り方を否定する長距離ミサイル配備には断固として反対します。

平和のこころ発信

 沖縄県では、地域の緊張緩和や信頼関係の構築に貢献していくことが、国の外交を補完する意味で重要な役割と考え、地域外交を推進してきました。沖縄の歴史的、文化的なソフトパワー、国際的ネットワークなどを最大限に生かし交流を進めています。

 北東アジア地域全体の共同発展をめざし、世界平和への寄与を目的とする北東アジア地域自治体連合(NEAR)への加盟が決定しました。核廃絶をめざす広島県主導の国際団体「グローバル・アライアンス」に加入しました。さらに多くの地域との連携、連帯を図っていきたい。

 憲法の恒久平和の理念に基づき、武力ではなく、対話と外交によって問題解決を図る姿勢が今ほど求められているときはありません。地域の平和構築や相互発展に積極的役割を果たし、沖縄の平和のこころを発信していきたいと思います。

 --2期8年で実を結んだ前進面として、どのようなことがありますか。

 県経済は発展への軌道を着実に歩んでいます。昨年度の観光客数は過去最高の1094万人に達し、観光収入も1兆円を突破しました。好調な経済を背景に県の税収、2026年度県予算は過去最高になりました。予算は県議会の全会一致で可決され、認めていただくことができました。

 貧困家庭を対象にしたバス・モノレールの通学費無料化や中学卒業までの医療費の窓口無料化、学校給食費無償化などを実現しました。基金を活用したさまざまな施策の展開で、子どもの貧困率も29・9%から20・2%にまで引き下げることができました。

 3期目に向け、今後取り組むべき課題を解決していくための多くの公約を掲げています。まず、めざしたいのは、経済成長の恩恵が県民に行きわたる「循環型経済」の構築です。物価高騰を上回る賃上げ支援の強化、正規雇用の拡大、離島振興と農林水産・畜産業の拡充に取り組みます。

 年間約1455億円とも言われる経済損失を招いている、慢性的交通渋滞の解消は大きな課題です。南北を縦貫する鉄軌道をはじめ公共交通システム整備に向け、戦後100年を見据えた総合的な計画を今年度中に策定します。

 18歳までの医療費無料化、ひとり親家庭、高齢者への支援を進めます。既存の社会保障制度からこぼれ落ちてしまう県民に「おきなわゆいまーる基金事業」を創設し、「誰ひとり取り残さない優しい沖縄」を実現します。

「沖縄の歩み象徴」

 --誰ひとり取り残さないという政治信条の根っこにあるのは、何だと思われますか。

 私は1959年、当時はまだ沖縄に駐留していたアメリカ人海兵隊員の父と、うちなーんちゅの母との間に生まれました。いわゆる「ダブル」「ミックスルーツ」、一般的には「ハーフ」と言われる一人として生を受けました。

 父は、私が生まれる前に米本国への帰還命令が出て、父と一緒にアメリカに行くつもりだった母は身重だったので、先に父が帰国しました。私が2歳ぐらいになるころ、母はもう米国には行かず、自分で育てようと決心したようです。

 母子家庭で生活は厳しく、母は住み込みで働き、母の友人だった育ての「おっかー」の家に預けられることになりました。おっかーは、私の見た目がアメリカ人に近いということもあって、上級生からいじめられて泣いて帰ってくると、親身になって相談に乗り、励ましてくれたんです。

 「人間の見た目は皮一枚だよ。皮を取ったら、みんな同じ赤い血が流れているさね。同じなんだよ」って。しまくとぅば(沖縄の方言)では「カーギヤ、カードゥヤンドー」と言うんです。もう一つ、「トゥーヌイービヤ、ユヌタキヤネーランドー、ヤシガ、ムルジョートードー(10本の指はみんな形も長さも違うけれど、みんな上等でしょう)」と。実の母の「アンマー」は、たとえ生活は厳しくても心に笑いを忘れないようにと教えてくれました。

 亡くなった翁長雄志前知事は、そうした私の生い立ちをとらえて、「沖縄の歩みを象徴する政治家」と言ってくださいました。

 就任以来、私は「誰ひとり取り残さない沖縄らしい優しい社会」の実現を掲げていますが、そこには、こうした私自身の生い立ちも反映しているのではないかと思います。引き続き、県民一人ひとりが自分らしく、希望をもってくらせる社会の実現に全身全霊で取り組んでいく決意です。