「私は、すごくリアリストなの」。すぐに行動に出てしまうので普通では見られないようないい風景を目にしたり、逆に危険な目にあったり。そんな人生も、面白いと思ってもらえたら…▼そう話していたのが、俳優や作家、ジャーナリストとして活躍した岸惠子さんでした。波乱に富んだ93年の生涯。その原風景は12歳で経験した横浜大空襲にありました▼青空に光るB29の大群があたり一面を生き地獄に。爆音と爆風、火柱の中をぬらした布団をかぶって逃げました。防空壕(ごう)に放り込まれたものの、ここで死ぬのはいやだと外へ。中にいたほとんどの人が犠牲となり「もう大人の言うことは聴かない。今日で子どもをやめよう」と決心しました▼平和や自立への渇望はその後の生き方に表れます。出たくない作品には「ノー」と言える権利が欲しかったと女性だけのプロダクションを設立。人気絶頂期に国際結婚でパリへ。さらにテレビのキャスターとして紛争地に足を運びました▼改憲や核兵器に反対する集会の呼びかけ人となり、自衛隊のイラク派兵反対行動にもメッセージを。最近もイスラエルのガザ大量虐殺を批判していました▼戦後60年の節目に「世界は、戦争の危険に対しても、命や幸せに対しても鈍感になってきているのではないかと心配です」と本紙日曜版に語っていた岸さん。「歴史をひもとかない人によい明日はない」。人生の指針にしたその思いを世に問い続けました。
2026年8月20日

