この春にソウルを訪れた時、市内一の大型書店に寄りました。海外文学の韓国語版コーナーをのぞいて驚いたのは、東野圭吾さんの人気です。村上春樹さんと並び、どちらも棚の4段ほどを占めていました▼東野さんの突然の訃報は日本だけでなく韓国や中国、台湾でも速報されました。ソウル新聞は「日本の推理小説の巨匠」と紹介。中国のSNS「微博(ウェイボー)」にはファンたちの追悼の声があふれました▼中国の著名な文学編集者の馬未都(マー・ウェイドゥ)さんは「中国語圏で最も影響力を持つ海外ミステリー作家」とたたえ、「謎解き中心の推理小説を、人間性を描く文学へと発展させた」と中国メディアに語っています▼世界的な人気作家には、長い不遇の時期がありました。27歳で作家デビューするも、10年余り、売れ行きはさっぱり。脚光を浴びたのは40歳で書いた『秘密』です。しかし、その後も直木賞では落選が続き、受賞したのは初の候補入りから7年、6回目の時でした▼「ガリレオ」シリーズの主人公、物理学者で名探偵の湯川学は含蓄あるセリフも魅力でした。「この世に無駄な歯車なんかないし、その使い道を決められるのは歯車自身だけだ」。そのセリフには人間を道具扱いにする現代社会への批判も▼東野作品の根底に流れるのはヒューマニズムでした。『白夜行』『容疑者Xの献身』をはじめ、心理に分け入り、人の弱さや強さを描き続けました。人間への愛情とともに。
2026年7月31日

