(写真)「九条の会」大阪講演会で、会場に入りきれない人たちにあいさつする(右手前2人目から)井上ひさし、澤地久枝、小田実の各氏=2004年9月18日、大阪市・中之島中央公会堂
米国からの圧力を背景に、2003年のイラク派兵など米国の戦争に加担する形で自衛隊の海外派兵が進む一方、防衛省の発足など自衛隊の権限も拡大されるなど、「海外で戦争ができる」国づくりが急速に進みました。
こうした動きに抗して、2004年6月、井上ひさしさんや大江健三郎さんら日本を代表する作家や評論家9人が「九条の会」を旗揚げしました。「九条の会」は、「9条を世界に輝かせたい」「日本と世界の平和な未来のために日本国憲法を守る」ことを掲げ、立場を超えて「憲法を守る」一点での共闘を呼び掛けました。「九条の会」は発足から10年で全国7500超の組織ができるなど、さまざまな市民の共感と支持を集め、平和憲法を守る大きな力となりました。
「九条の会」が発足した04年当時、衆参で改憲勢力が3分の2を超えていたにもかかわらず、「九条の会」と市民が草の根の運動で世論を動かし、改憲のもくろみを阻止。防衛庁の防衛省への改組や改憲手続き法制定などを強行した第1次安倍晋三政権は国民の批判を浴び1年たらずで退陣するなど、平和を願う市民の運動は、改憲・軍拡を狙う自民党政権のもくろみを何度もくじいてきました。
司法も政府のもくろみを憲法違反と断じています。名古屋高裁は08年4月、イラクにおける航空自衛隊による多国籍軍兵の戦闘地域への空輸活動を「他国の武力行使と一体化しており憲法9条違反」として初めて違憲判決を出しました。「海外で戦争ができる」国づくりが明確に憲法に反すると断じた画期的な判決でした。
政府の「改憲圧力」が強まるたび、「憲法守れ」「9条守れ」の声を上げ、それをはね返してきたのが「九条の会」をはじめとする市民のたたかいです。市民の「不断の努力」が平和憲法と憲法9条を守ってきたのです。

