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2026年7月3日

2026焦点・論点

家庭内での暴力 矮小化なぜ
原宿カウンセリングセンター顧問 信田さよ子さん

 長女への暴行容疑で現行犯逮捕された、巨人の阿部慎之助前監督の事件。「警察を呼ぶほどのことか」「自分だって、子どもにあれくらいのことはしてきた」などの声が、SNSを中心に多く上がりました。児童虐待防止法が制定されてから26年。家庭内で起きた暴力が依然として「たいしたことない」ものと矮小(わいしょう)化されるのはなぜなのか。児童虐待やDVなど家族関係の問題に携わってきた、公認心理師の信田さよ子さんに聞きました。(舘野裕子)


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(写真)信田さよ子さん(本人提供)

 ―逮捕されてすぐ、数日間で「監督復帰を求める署名」に13万筆も集まったことに驚きました。「親子げんかくらいで…」「こんなことで逮捕されたら、しつけもできない」などの声もありました。

 そもそも、父親と娘は体格も腕力も圧倒的な差がある。そこに「対等なけんか」は存在しません。夫と妻であっても、人権としては対等でも、実際にはジェンダー不平等指数が表しているように、給与が高い夫の方が妻よりも経済的に有利で、体格的にも対等ではありません。

 不平等であるということを前提にしないと、家族の中において「けんか」という言葉は使えません。たとえば、夫が「絶対にどなったり、物に当たったりしない。経済力も行使しない。言葉だけで口論する」としたら、「対等なけんか」になります。だから、家族には、公平性(フェアネス)が重要です。

 親は子どもに対して「なんで刃向かうんだ」と言います。この言葉は、力の大きい者が、力の小さい者に対して使い、力関係を前提としています。「上の者」から「下の者」への「しつけ」のように、力関係を前提とした言葉を私たちは日常的に使い、不平等な力関係を無自覚に容認しているのです。

 そこに気づかないと、家族の中の力の構造(権力構造)に無自覚になってしまいます。家族も、組織も、不平等な力関係や権力構造に無自覚だと、その中で権力を持つ者によるハラスメントを自己チェックできなくなります。

 子どもに対して腹が立つことがあったとしても、力関係や子どもへの権力を前提にして、絶対にフェアネスでなくてはいけない。腕力も使わない、怒鳴ることもしない、ちゃんと言葉で反論する。それをやらなくてはいけません。

 ―暴力だと認めることができない人がいるのはなぜでしょう?

 自分(父親)はむしろ、子どもに刃向かわれた「被害者」であり、自分がしたことは「正義の行為」だと思っているからです。「子どもがいけないことをしたのだから、ただしてあげないと」「こんなに一生懸命に子どものことを思ってやっているのに、その自分に向かってひどいことを言うなんて」と。「自分こそが被害者である」という「被害者性」が暴力を正当化しているのです。

 戦争も同じです。暴力も戦争も「被害者性」と「正義」のもとに行われるからです。

 ―信田さんは、家族における暴力(虐待・DV)被害と、国家の暴力(戦争)被害はつながっていると指摘されていますね。

 虐待やDVの根源の一つに戦争があります。戦争から帰還した人たちの多くがトラウマで精神を病み、妻や子どもに苛烈な暴力を振るいました。日本は戦争中の悲惨な体験を総括することなく、戦争の責任をあいまいにしてきた。だから、戦争によって傷つけられたトラウマの責任を家族(妻や子ども)が引き受けたのです。

 夫や父親から暴力を受けた人たちが、自分の子どもへ同じように暴力を振るうと、暴力の連鎖につながってしまいます。

 ―「いつもは仲良くやっている」「私のことを思ってくれていた」と、親から暴力を振るわれた事実を否定したり、親をかばったりする人がいるのはなぜでしょうか。

 親からされたことは暴力だったという事実を認めてしまうと、「仲の良い幸せな家族像」から離れてしまう。だから、「家族を壊してはいけない」と被害者が責任を感じてしまったり、「これは親の愛情なのだ」と自分を納得させようとしたりするのです。

 ―親から受けた暴力について「あれがあったからこそ今がある」と、暴力を肯定する人もいます。

 男性に多いです。彼らにとって、被害を認めるということは、自分の「負け」を認めることであり、「かわいそうな自分に成り下がる」ことにもなるからです。特に、「男らしさ」のジェンダー規範が強い人ほど、「こんな年になってまで親のことをいつまでも言うなんて恥ずかしい、男らしくない」と思っている。

 被害を認めることは「弱さ」や「負け」ではないし、弱くてもいいのです。被害者は「自分はケアを受ける権利がある」と言っていいのです。「いつまでも昔のことを言ってないで、いいかげん大人になれよ」というのは、絶対に言ってはいけないことです。

 自分が受けた暴力を「被害である」と認識できずにいると、今度は自分よりも弱い立場にある他者に対して支配的になったり、暴力を振るってしまったりする恐れもあります。

 「親にも事情があったのだから」と、親の生育歴に同情する人もいますが、苦労をしたからといって暴力を振るっていい理由にはなりません。大変な思いをした親の経験と、暴力を振るった親の行為は別のものです。そこを混同すると、被害を受けた子どもが「全部許している」という構造になってしまう。

 子どもは親の傷をケアするために生まれたのではありません。親は子どもをケアするためにいるのであり、子どもが親をかばう必要はありません。

 ―被害者に対して加害者がすべきことは?

 加害者は被害者への責任を果たさなければなりません。暴力行為の責任をきちんと取る。大事なことは、「これは暴力である」と認め、「責任は自分にあります」と言わなくてはいけない。そして、被害者に対して「あなたを傷つけたことに対して本当に悪かったと責任を感じています」と謝罪することです。

 加害者が責任をとろうとする努力によって、家族と新しい関係性をつくっていくことも可能になります。加害者プログラムに参加して、変わる努力をする。それを周囲が見守ることのできる社会になった方がいい。

 逆に、今は「1回逮捕されたら人生おしまい」という風潮によって、「やったこと(責任)を認めてしまったら将来が絶たれる」とおびえ、問題を否認して責任を取らず、問題を「無かったこと」にしようとする構造をつくり出していると思います。加害者が責任を認めた上で、被害者も納得のいく形で、加害者がやり直すことのできる社会にした方が、責任をあいまいにしないことにつながると思います。

 のぶた・さよこ 1946年岐阜県生まれ。公認心理師・臨床心理士。原宿カウンセリングセンター顧問。『家族と国家は共謀する』(角川新書)、『母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き』(春秋社)、『暴力とアディクション』(青土社)など著書多数。

事件の概要

 プロ野球・巨人の監督だった阿部慎之助氏は5月25日、自宅で長女(18)と次女のけんかをとめようとしたところ、長女に言い返されたことに立腹。長女の襟元をつかんで投げ飛ばすなどの暴行容疑で、警視庁に現行犯逮捕されました。

 同氏は暴行容疑を認めて監督を辞任。長女がチャットGPT(対話型の生成AI)からの回答に沿って、児童相談所に連絡したことにより、警察の対応につながりました。