(写真)犠牲になった児童らを悼んで焼香し、手を合わせる人たち=30日、沖縄県うるま市石川
米軍嘉手納基地所属のジェット戦闘機が1959年6月30日に沖縄県うるま市石川の宮森小学校に墜落した事件から67年となる30日、同校で「慰霊祭」がありました。事件を伝えようと取り組む「石川・宮森630会」主催で当時の児童らが参加し、犠牲になった同級生たちを悼みました。
事件は、エンジントラブルで校舎に墜落した戦闘機が近隣住宅などを全焼させ、児童11人と住民6人を含む18人が犠牲になったほか、210人が重軽傷を負いました。当時の沖縄は米軍統治下にあり、十分な説明や補償もないまま、深い悲しみと怒りを残しました。
「慰霊祭」では、司会を務めた同校卒業生で石川中学3年の生徒二人が、事件から何を学んで後世に残すのかを問いかけ、参加者に亡き友や知人へ思いを語りかけるよう呼びかけました。
冒頭、同校卒業生で県立芸術大学大学院生(22)が、琉球古典音楽「子持節(くゎむちゃーぶし)」と「散山節(さんやまぶし)」を歌と三線(さんしん)で独唱。子持節は、愛児を失った悲しみを情緒深く重ねた曲として知られ、散山節は思いもよらぬ出来事に直面した深い悲哀を表す曲とされます。
630会の久高政治会長は、卒業生が今回初めて琉球古典音楽の追悼の調べを披露したことに触れ、「若い世代にさまざまな取り組みを通して語り継ぐ試みを続けたい」と語りました。
日本共産党の赤嶺政賢前衆院議員も参列しました。

