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2026年6月26日

主張

国連憲章調印の日
国際平和秩序に背向ける政府

 国際連合憲章が調印されたのは、81年前の1945年6月26日です。憲章は、「二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害」を繰り返さないため、武力行使を禁止し、平和のための国際機構―国連を設けました。

 しかし現在、トランプ米大統領が「私には国際法は必要ない」とうそぶき、ベネズエラ、イランへの武力攻撃をおこなうなど平和をめぐる世界の情勢は緊迫し、歴史的岐路に立たされています。グテレス国連事務総長は「危機的なのは大国の振る舞いだ。国際法を破り、紛争を自ら引き起こしている」と強く批判しています。いま国連憲章にもとづく平和の国際秩序を確立することが求められています。

■平和の大きな潮流

 国連憲章は、第1次世界大戦後につくられた国際連盟の規約に比べ、戦争違法化をより明確にしました。紛争の平和的解決を義務づけ、「武力による威嚇又は武力の行使」を禁止し、平和のための集団的措置を取り決めました。

 にもかかわらず、大国中心の機構のため、米ソ対立のもと安全保障理事会が機能しませんでした。自国が攻撃されていなくても他国防衛のため武力行使をする「集団的自衛権」は極めて制限的な例外として憲章に加えられたものですが、アメリカやソ連が悪用し、侵略する事態が繰り返されました。

 しかし、51だった国連加盟国は現在193カ国です。植民地体制が崩壊し、多数の独立国が加盟、国連に大きな変化をもたらしました。

 「植民地独立付与宣言」「国際人権規約」「友好関係宣言」の採択など平和の潮流が大きく成長し、国際平和をより確かで豊かなものとして追求する発展がとげられてきました。

 1980年代以降、ソ連のアフガニスタン侵略、アメリカのグレナダ、パナマ侵略、ロシアのウクライナ侵略など国連総会で大国が国連憲章違反として断罪されるようになりました。核兵器禁止条約の発効でも大きな役割を果たしたのは、市民社会とともに、新しく独立した諸国でした。 国連憲章の、国際紛争の平和的解決、武力行使の禁止を国際秩序の基軸にすえる勢力が大きくなっています。

■日本の歴史的責務

 日本は戦後、戦争放棄の憲法9条を持つ国家になりました。国連憲章と同じ方向を向いたものです。加えて「戦力不保持」を明記する、さらに徹底した平和主義を貫きました。

 そこには日本が侵略戦争の元凶であったこと、再び戦争が起こると人類が絶滅するという認識―広島、長崎の経験がありました。本来、日本こそ国連憲章にもとづく平和の国際秩序実現の先頭に立つ歴史的責務と条件があります。

 しかし日本政府は安保条約のもとで憲法を蹂躙(じゅうりん)し、自衛隊を米軍の補完軍として強化する道を歩んできました。さらにいま、高市早苗政権は、戦争する国づくりをすすめています。アメリカのイラン攻撃が国際法違反であることも批判できない政府です。

 国連憲章に背を向け、世界の平和の潮流から孤立する政治の転換が求められます。