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2026年6月19日

きょうの潮流

 「ガッツが足りない」。そう評されリング名を変えました。プロボクシングのライト級で日本人初の世界王者となったガッツ石松さん。圧倒的不利と言われた3度目の世界挑戦でベルトを手に▼うれしさのあまりコーナーロープにかけ上がり、両拳を突き上げました。これが、ガッツポーズと名付けられた、いわば生みの親です▼「幻の右」で防衛すること5回。引退後も俳優、タレントとして活躍し、「OK牧場」などのユニークな言葉も残しました。しかし人生は苦難の連続でした。貧しい家に生まれ、小学生の頃から牛乳や新聞配達で家計を助けました。バス代がなくて遠足に行けなかったことも。中学はけんかに明け暮れ、テレビで見たボクシングが生き方を変えました▼20種類以上のバイトをしながらジムに通いチャンピオンに。「苦労、苦難があってもそれを乗り越えればいい経験と思える。人間万事塞翁(さいおう)が馬だよ」▼76歳での死去。生前、何度か話を聞いたことがあります。きっかけはサッカーくじ。1996年の総選挙で自民党から立候補した際、上層部から「反対をやめろ」と言われても「だめなものはだめなんだ」。自説を曲げなかったと▼日本共産党にも真っすぐなまなざしを向けてくれました。「共産党って一番筋が通っている。なんでも反対という人もいるけど、違うね。反対は言っても、それは理詰めで筋の通った反対ですよ」。あの人懐っこい目が忘れられません。