西アフリカのガーナ。大西洋の海岸沿いには、ヨーロッパ人が15世紀以降につくった要塞(ようさい)が残ります。その一つ「エルミナ城」には、19世紀まで続いた大西洋奴隷貿易を象徴する場所があります▼「帰らずの門」です。集められた人々は、地下牢(ろう)に閉じ込められ船で米大陸に運ばれました。最後にくぐったのが人ひとり通れるほどの扉でした。奴隷とされ海を渡った数は1200万~1500万人ともいわれます▼国連総会が、大西洋奴隷貿易を「人道に対する最も重い罪」と宣言したのは3月。決議を主導したガーナのマハマ大統領は、決議は「忘却の歯止めとなる」と述べ、奴隷貿易を進めた国々に謝罪と賠償を求めました▼123カ国が賛成した一方、賠償は「歴史的誤り」だと反対したのが米国など3カ国。奴隷貿易に加担した欧州諸国、日本など52カ国は棄権しました▼奴隷解放が19世紀半ばとなった米国。公民権運動の流れをくむ市民団体は米国政府のこの態度を批判。奴隷制は「暗い過去の残滓(ざんし)」ではなく、貧困率など現在の黒人社会の困難の根っこにあるものと指摘し、真の解決へ向けて始まった国際対話に米国政府も加わるよう求めています▼ローマ教皇も先日、奴隷として非キリスト教徒を搾取することを布教の名で正当化した教皇庁の責任を明確に謝罪しました。奴隷制への賠償を求める声は世界で強まっています。植民地主義の歴史にどう向き合うか、日本も問われます。
2026年6月2日

