「サヨナラ」を気軽にいえるのは、その人といつかまた会えるという安心があるから―。青春時代の最も短く最も印象の強い別れを、そうつづっていました▼女学校5年の夏の終わり。友人との旅行中に、ふとしたことで言葉を交わした若い兵隊にいえなかった「サヨナラ」。これから戦争に行って死んでしまうかもしれない人との別れに、「サヨナラ」はあまりにもむごい響きをもっているように感じられたと▼先日102歳で亡くなった佐藤愛子さんが『少女たちの戦争』に書いた散文です。1923年に生まれ、国の激動と波乱に富んだ人生を生き抜きました。父は作家の佐藤紅緑、兄は詩人のサトウハチローで一族の愛憎や哀歓を描ききった『血脈』は代表作に▼そこには人間の本質に分け入りたいという作家の業も。ベストセラーとなり映画にもなった『九十歳。何がめでたい』をはじめ数々のエッセーにちりばめられた毒舌や社会の理不尽さに対する苦言も「正直」を大切にしてきたから▼そんな性分にも合ったのか、「共産党は言っていることとやっていることに裏表がない。一貫しているところが信用できる」とたびたび応援や期待の声を寄せてくれました。私利私欲がなくまじめなところに好感をもっている、ブレない共産党にがんばってほしい、とも▼国民の平和や国の繁栄のために尽くすべき政治家の多くが党利党略の人になってしまったと嘆いていた愛子さん。物事や人間の本質を見抜く目で世の中を映し続けた生涯でした。
2026年5月25日

