被爆した経験を「聞いてどうするの?」「人に伝えてどうするの?」。マイクを向けた当事者からの問いに焦る主人公…。ドラマ「八月の声を運ぶ男」(NHK)は戦後80年の夏に放送されました▼そのドラマが先日、放送人や番組を顕彰する「橋田賞」を受賞しました。原案は、伊藤明彦著『未来からの遺言―ある被爆者体験の伝記』。舞台は、戦争の記憶も消えない1970年。主人公・辻原保(本木雅弘)は、千人の被爆者の証言を録音し公開することをめざすジャーナリストです▼原爆投下直後の長崎で黒く焼けた光景を見た保。被爆の実態を後世へ伝えたいと重い録音機材を肩に各地を訪ねますが…。収録した証言に嘘(うそ)が含まれていたり、思いが理解されず苦悩することも▼脚本を手がけた池端俊策さんは広島・呉で生まれ育ち、子どもの頃は周りに胎内被爆の子どもたちがいる日常でした。「後になってわかった。我々は、胎内被爆したことを思い知ったわけです。大きな不幸を背負っている人は、大きな声で自分のことを語らないんです」▼命を奪っただけではなく、生き地獄や、「ピカドン」と言われ差別や偏見を味わった人たちの存在。それを知ることができるのは、心の壁を乗り越えて話してくれた人たちがいることを忘れてはいけない。だから核兵器のない世界を望むのです▼被爆者は高齢になり、出会う機会が減っていく危機感。いつまでも“声を運ぶ”バトンをつないでいければいい。核の惨禍を繰り返させないためにも。
2026年5月21日

