大学での軍事研究の成果が他国の市民を殺すために使われる危険が高まっています。高市早苗政権が武器輸出を全面解禁し、紛争当事国への殺傷兵器の輸出を可能にしたからです。高市政権は武器輸出解禁に先立ち、大学での軍事研究加速を盛り込んだ科学技術政策を決定。大学はいま「死の商人」の協力者になるのか、大きな分岐点に立たされています。(佐久間亮)
(写真)第7期科学技術・イノベーション基本計画を取りまとめた科学技術・イノベーション会議に出席する高市首相=3月27日、官邸
焦点となっているのが、5月20日締め切りで防衛省(防衛装備庁)が公募している安全保障技術研究推進制度です。同省が将来の武器開発に向けた研究テーマを設定したうえで、テーマに沿った研究課題を大学などから募り、研究を委託する制度です。2015年度の制度開始以来、東北大など旧帝大はじめ31大学、55件が採択されています。
破格の研究費
1件当たりの研究費は最大20億円。日本学術振興会(文部科学省所管)の科学研究費助成事業の最大5億円と比べると額の大きさが際立ちます。国の大学予算が減り続けるなか、研究者を軍事研究へと誘導する役割を果たしています。
高市政権は、3月末に閣議決定した「第7期科学技術・イノベーション基本計画」に初めて「国家安全保障」に関する章を創設。民生技術を軍事に転用していくデュアルユース技術の開発推進と、そのための効率的な連携体制「エコシステム」(生態系)の構築をうたいました。
基本計画は、政府が5年ごとに策定する科学技術政策の基本方針です。軍拡を起点とした経済成長を描く高市政権のもと、あたかも生態系のように軍産学官が広く深く結びつき、武器の研究・開発を進めるネットワークの構築が政府の科学技術政策の柱に据えられたことになります。軍産学官複合体です。
躊躇させずに
基本計画によれば、軍産学官複合体の中心は内閣官房国家安全保障局。その輪には防衛省を含む省庁、既存の軍事産業とそれ以外の「幅広い企業群やスタートアップ企業」、大学、国立研究開発法人(宇宙航空研究開発機構、理化学研究所など)が入ります。
防衛省では、その輪を米国や北大西洋条約機構諸国などへと広げることが検討されています。
その際、大学や民生企業を取り込むための要となるのが防衛省の安全保障技術研究推進制度です。基本計画は、文科省など関係機関の役割を次のように強調します。
「防衛省の実施する基礎研究等について、研究者が躊躇(ちゅうちょ)なく参画できるように、関係府省庁が協力して関係組織との対話を進め、周知・理解増進に取り組む」
軍事研究成果は米軍にも
(写真)大学ファンドの支援対象となった東京科学大は25年度に防衛省の研究制度に5件も採択される
日本の科学者たちは戦後、侵略戦争に協力した反省から、「戦争を目的とする科学の研究には、今後絶対に従わない」(日本学術会議の1950年の声明)と誓って再出発しました。名古屋大が「平和憲章」を制定(87年)し、軍関係機関からの資金の受け入れを否定したように、多くの大学や学会で軍事研究禁止が大原則となってきました。
100億円大台突破
ここに風穴を開けたのが、第2次安倍晋三政権です。2015年に安全保障技術研究推進制度を開始すると、初年度は応募総数109件のうち58件を大学等が占め、大学関係者に衝撃を与えました。予算は初年度の3億円から、早くも2年後には100億円の大台を突破。26年度には過去最大の129億円に膨らんでいます。
安全保障技術研究推進制度の発足を受け、日本学術会議は16年6月に検討委員会を立ち上げ、17年3月に声明を発表します。声明は同制度について、将来の装備開発(武器開発)につなげるという明確な目的に沿って公募・審査されていること、防衛省(防衛装備庁)職員が研究の進捗(しんちょく)を管理していることを挙げ、「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と断じました。声明を受け同制度への大学の応募は大幅に減少。19、20両年度は1ケタ台に落ち込みました。
「民生分野活用」
しかし、経済安全保障を口実にした政府・財界の巻き返しや、防衛省による「研究成果の公表を制限することはない」「民生分野にも広く活用されることを期待している」「防衛省職員が研究に介入することはない」といった宣伝によって23年度以降は再び大学の応募が急増。25年度は123件を記録しました。
今年4月には名古屋大が軍事研究に関する内規を改定。防衛省の資金を受け入れるための布石ではと懸念が広がっています。
大学での軍事研究に反対する「軍学共同反対連絡会」が、25年度に同制度に採択された11大学に送った公開質問では、多くの大学が学術会議の声明を尊重するとしながら「採択された研究課題は民生的研究」「研究成果の公開が担保されている」として応募を認めたと回答。北見工業大は「平和を維持し、学問の自由を保障する観点からも、国立大学は安全保障に係わる課題に背を向けずに対峙(たいじ)する責任がある」と主張しました。
しかし、同制度の本質が武器開発にあることは防衛省自身の言葉からも明らかです。同省は、大学などに資金を出して研究を委託する制度は他省にもあるが「防衛」を目的とした制度はないとし、安全保障技術研究推進制度の意義をこう強調します。
「防衛装備庁の政策目標に合致した先進的な基礎研究の発掘・育成は、防衛装備品の創製を担う防衛装備庁自らが実施する必要があります」(21年度行政事業レビュー議事録)
第三者に使用も
研究成果は公表されるものの、ときの政府が必要と判断すれば国と国が指定する第三者は無償で成果を使用することができます。他省の研究委託制度にはない仕組みです。日本共産党の井上哲士参院議員(当時)の17年5月の質問に、防衛省は「第三者」には他国や軍事企業が含まれると認めています。
日本の大学の軍事研究の成果が、無法な軍事作戦を展開する米国やイスラエルに渡る可能性も排除されていないのです。
軍事への貢献のいっそうの明確化を求める圧力も強まっています。21年度の行政事業レビューでは、経済界など複数の外部有識者から「成果は防衛分野に資するものでなければいけないと明確にすべきだ」「民生技術の発掘・育成はそのための手段だ」との意見が続出。23年度の行政事業レビューでは、研究内容を防衛省の要望に合致させるため、研究期間中も研究者とコミュニケーションをとるべきだとの意見が取りまとめに入りました。
文科省から圧力の恐れ
軍学共同反対連絡会事務局長 小寺隆幸さん
明治学院大学国際平和研究所研究員
安全保障技術研究推進制度が始まった当初は、大学や研究者の警戒心を解くため、防衛省も低姿勢でした。しかし、制度発足から10年以上たち、大学の中に定着した状況を見て、防衛省は新たな段階に同制度を進めようとする危険があります。武器開発に役立つ研究をするよう求めた行政事業レビューの意見は、政府や軍事産業の本音を表したものでしょう。
国の大学予算が減り続けるなか、最大20億円という安全保障技術研究推進制度に研究者がひかれるのは、ある意味当然です。2019年の筑波大を皮切りに、大規模研究課題に大学が応募し、採択される流れがつくられました。高市政権が、科学技術政策のなかに軍事を完全に組み込んだことで、今後は文部科学省が大学に軍事研究の圧力をかけてくる恐れもあります。
そうでなくても、大学ファンドや23年の国立大学法人法改悪で、大学の意思決定に財界人など学外者が強い影響力を持つ仕組みがつくられてきました。研究費を増やすため、防衛省の資金であっても取りにいくべきだという圧力が学外者からかかる状況が生まれています。
大学ファンドの支援校の東北大や東京科学大が防衛省の研究制度に多く採択されている状況をみれば、むしろ軍事研究に手を挙げるような大学でなければ大学ファンドの支援は受けられないというメッセージにも読めます。東大や京大も支援校を目指しています。両大学が軍事研究に手を出すようなことになれば歯止めがかからなくなるでしょう。日本の大学は大きな曲がり角にいます。
今年度は初めて研究テーマに医療が入りました。長期保存可能な人工血液の研究、既存の抗生物質とは異なる常在菌に有効な薬の研究など、兵士が戦場で傷ついた場合を想定した研究テーマが並んでいます。武器輸出の全面解禁もそうですが、資金の出どころは防衛省だけど自分の研究は民生だという言い訳はますます通用しなくなっています。大学や科学者自身が、自分の研究がどのように使われるのかということについて、立ち止まって考えるべきときです。

