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2026年5月9日

自由に処分できる時間と未来社会論

カナダ・ヨーク大学 志位議長の講演と質疑

 日本共産党の志位和夫議長が訪問先のカナダ・トロントのヨーク大学で参加したマルチェロ・ムスト同大学教授主催の「今日の日本の左翼、マルクスの『資本論』に帰る」と題する討論企画のうち、理論問題を主題にした第2部の冒頭で志位氏が行った講演の全文と質疑の要旨を紹介します。


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(写真)ヨーク大の討論企画で講演する志位議長(中央)。その右はマルチェロ・ムスト教授=4日、カナダ・トロント郊外(遠藤誠二撮影)

 第2部では、冒頭に「自由に処分できる時間と未来社会論」と題してお話しします。私が、青年・学生を対象に行った講演『Q&A 共産主義と自由』、その理論的背景を話した講義『「自由な時間」と未来社会論』の中心点を紹介し、討論の素材を提供したいと思います。『Q&A』と講義は、『英語版・自由に処分できる時間と資本論』に収録しています。どうかお読みいただければ幸いです。

1、なぜこうした理論問題を重視しているのか

 内容に入る前に、日本共産党として、なぜこうした理論問題を重視してとりくんでいるのかについて話したいと思います。それは何よりも日本の社会変革の事業を前進させるうえでの政治的必要に迫られてのものです。

 日本共産党は、1961年の党大会で、現在の党綱領路線を確立して以降の60年余に、国政選挙で3回にわたって躍進を記録しています。第一の躍進は、1970年代で約600万票を得ました。第二の躍進は、90年代後半で800万票を超える得票でした。第三の躍進は、2010年代で600万票を超える得票でした。

 どの躍進も重要でしたが、躍進のたびごとに支配勢力は激しい反共攻撃で応え、わが党は後退を余儀なくされました。反共攻撃の最大の焦点は、「共産主義には自由がない」というものでした。こうした反共攻撃の影響は、ソ連・東欧の旧体制の崩壊によって増幅され、なお国民のなかに広く影響力をもっています。それはまた、わが党の党勢を前進させるうえでの最大の障害となっています。

 こうした状況のもとで、「共産主義と自由」についての真実を広く国民に伝えることは、日本の社会変革の事業に国民の多数を結集するうえで、避けて通ることができない課題となっています。マルクス、エンゲルスに立ち返って、この仕事を戦略的課題として位置づけ、思い切って力をそそごう。そう思いを定めて始めたのが、この間の理論的なとりくみです。

2、未来社会の最大の特徴・目標--「人間の自由で全面的な発展」

 内容に入っていきたいと思います。

 マルクス、エンゲルスは、彼らがめざした社会主義・共産主義――未来社会の最大の目標、特徴をどこに見いだしたか。

 エンゲルスは、亡くなる前の年の1894年、イタリアの社会主義者ジュゼッペ・カネパから「来たるべき社会主義社会の基本理念のスローガンを示してください」との質問を受けます。それに答えて、彼は、マルクスとともに1848年に書いた『共産党宣言』の次の有名な一節を紹介しました。

 「各人の自由な発展が、万人の自由な発展の条件である連合体」

 それではマルクスは『資本論』でどう言っているでしょうか。彼は『資本論』第1部で、新しい社会に次のような特徴づけをあたえています。

 「各個人の完全で自由な発展を基本原理とするより高度な社会形態」

 マルクスは『資本論』のなかで、未来社会について、実にさまざまな特徴付けを行っていますが、「基本原理」という特徴付けを与えたのは、この1カ所だけです。

 このように、「人間の自由で全面的な発展」こそは、マルクス、エンゲルスが、若い時期から亡くなるまで、社会主義・共産主義社会の最大の目標とし、特徴とし、「基本原理」としてきたことでした。

 人間は誰でも、自身のなかにさまざまな可能性をもっています。しかし、資本主義のもとでは、自身の可能性を存分に生かすことができる人間は一部に限られます。どうしたらすべての人間が、自身のなかに存在する可能性を自由にのばして、全面的に発展することができるようになるか。これは、マルクス、エンゲルスが終生にわたって探究を続けた大テーマでした。

3、初期の探究--『ドイツ・イデオロギー』(1845~46年)、分業の廃止

 この問題に対して、マルクス、エンゲルスが初期の時期に出した答えは、「分業の廃止」というものでした。各人が分業に縛りつけられていることが、自由な発展の最大の障害となっている。「分業の廃止」こそ、人間の自由な発展をもたらすだろう。彼らはこのように考えたのです。

 『ドイツ・イデオロギー』(1845~46年)の一節では、「朝には狩りをし、午後には釣りをし、夕方には牧畜を営み、食後には批判をする」という社会が描かれています。たいへん牧歌的な構想ですが、これは彼らが経済学の本格的研究に進む前のものであって、すぐに乗り越えられていきます。どんな社会になっても一定の分業は必要になります。

4、経済学の本格研究の開始のなかで--ディルク(匿名)のパンフレットに出会う

 1848~49年のヨーロッパ革命が敗北に終わったのち、マルクスはロンドンに居を移し、経済学の本格的な研究を開始します。

 この作業のなかで、マルクスは1851年7月ごろ、『国民的苦難の根源と救済策。ジョン・ラッセル卿への手紙として』と題する匿名のパンフレットに出会います。その筆者はのちに、文芸評論家のチャールズ・ウェントワース・ディルクだったことが明らかにされます。マルクスは、このパンフレットから強い感銘を受け、「ロンドン・ノート」に重要なパッセージ(一節)の抜粋を書きつけました。

 当時、12時間労働は当たり前のように行われていましたが、パンフレットには、それを半分の6時間にしたら、真に豊かな社会になるだろう、そういう主張がのべられていました。マルクスは、「富とは自由に処分できる時間であって、それ以外のなにものでもない」とのディルクの言葉をノートに書きつけました。

 人間にとって「自由な時間」の持つ意義は、初期の時期からのマルクスの一貫した強い関心でした。それは1844年の『経済学・哲学手稿』や、『聖家族』のなかにもあらわれています。そうしたマルクスにとって、ディルクのパンフレットで強調されていた「自由に処分できる時間」という考えは、“わが意を得たり”という強い感銘を与えたと思います。

5、『資本論草稿』--「自由に処分できる時間」の探究の足跡

 マルクスは、『資本論』を準備する二つの大きな草稿――『1857~58年草稿』、『1861~63年草稿』のなかで、ディルクの抜粋に繰り返し立ち返って、「自由に処分できる時間」という考えを、自身の未来社会論の根本にすえていきます。この問題にかかわる『資本論草稿集』からの主要な抜粋を、お手元に配布しました。

 マルクスは、『草稿集』のなかで、資本主義的な搾取の秘密を解明していきます。そして、そのなかで、「搾取によって労働者から奪われているものは何か」ということを考察していきます。

 まず『1857~58年草稿』です。「資本家は自由な時間、すなわち文明を、横領する」という鋭い告発があらわれてきます。また、搾取がなくなれば、「自由に処分できる時間」が万人のものになるという展望がのべられています。さらに、「自由な時間」の増大は、その持ち手――労働者を違った主体に変え、最大の生産力になるという規定づけに踏み込んでいきます。

 続いて『1861~63年草稿』です。ここには、「自由に処分できる時間と未来社会論」の本格的発展があります。ここでマルクスは、「搾取によって奪われているのは何か」についてのまとまった考察をしています。

 それは第一に、支配階級の生活のための物質的生産物であり、第二は、「思うままに処分できる自由な時間」です。すなわち、搾取によって奪われているのは、単に労働の成果――「モノ」や「カネ」だけではありません。労働時間の全体が資本家のもとにおかれることで、本来、人々がもつことができる「自由に処分できる時間」が奪われている。マルクスはそのことを明らかにしていきました。

 ここには『草稿集』における未来社会論の到達点がのべられています。資本主義から未来社会に進むことによって、「自由に処分できる時間」の対立的・敵対的性格がなくなり、万人が「自由に処分できる時間」を、「真の富」をもつだろう。この時間は、享楽に、余暇に、まったく自由な活動にあてられ、人間の自由な発展の場をあたえることになるだろう。こうした展望がのべられています。

6、『資本論』第3部第7篇第48章--未来社会論の本論

 『資本論草稿集』でのこうした考察は、『資本論』で豊かな実を結ぶことになります。資料でお配りしていますが、『資本論』第3部第7篇第48章「三位一体的定式」と題された章のなかに書き込まれている未来社会論の本論です。

 マルクスは、ここで人間の生活時間を、物質的生産にあてる時間――「必然性の国」と、それ以外の時間――「真の自由の国」に分けています。人間があらゆる外的な義務から解放されて、完全に自分が時間の主人公となる時間。「人間の力の発達」それ自体が目的となる時間。マルクスはこれを「真の自由の国」と呼びました。

 そして、資本による「自由に処分できる時間」の横領に終止符をうって、万人が十分な「自由に処分できる時間」――「真の自由の国」をもつことができ、自らの「自由で全面的な発展」を実現することが可能となる社会となることに、未来社会の何よりもの輝きを見いだしました。この考察は、「労働日の短縮が根本条件である」という簡明な一文で結ばれています。

7、現代の労働運動の熱い焦点、未来社会を準備する意義

 「自由に処分できる時間」を拡大することの意義は、未来社会で初めて問題になることではありません。現代の労働運動の指針としても生かすことが大切です。

 マルクスは、『資本論』第1部の第8章「労働日」の叙述のなかで、労働時間短縮は、労働者の健康と命を守るために絶対不可欠であり、労働者の成長と発展のために必要不可欠であり、労働者階級の解放にとっての「先決条件」だとのべました。

 「自由に処分できる時間」を拡大するたたかいは、現代の労働運動の熱い焦点であるとともに、未来社会を準備する意義をもつものです。このことを強調して、討論の素材の提供としたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。

 参加者との一問一答(要旨)

AIをマルクス主義の観点からどう捉えたらいいのでしょうか?

 『資本論』は、資本主義のもとで生産力が発展すると、いろいろな害悪が生まれてくるが、同時に、未来社会のさまざまな要素が生まれてくることを明らかにしています。AI(人工知能)についてもそうした角度から捉えることが重要だと思います。

 害悪という点では、たとえばAIによって多くの仕事が失われる恐れがあります。米国のサンダース上院議員は、米巨大企業が1億人の職業をAIに置き換えようとしていると告発しています。サンダース氏は、こうした動きとたたかい、AIを適切に活用することで労働時間を週32時間にすべきだと主張しています。

 戦争への利用は最悪の危険です。AIを人類の進歩のために賢く使うルールをつくっていくことが必要です。

『資本論』は労働者の階級意識についてどういう捉え方をしているのでしょうか?

 『資本論』は、労働者階級が、資本主義の矛盾とのたたかいをつうじて、成長、発展をとげることに、新しい社会にすすむ原動力を見いだしています。労働者階級としての階級意識の土台となるのは、資本主義的搾取の本質を知ることだと思います。

 5月2日、シカゴで、DSA(アメリカ民主的社会主義者)シカゴ支部のみなさんと懇談しました。『資本論』の学習をしているとのことでした。「『資本論』を読んで一番心に残ったことは何ですか」と聞いたところ、「剰余価値が分かったことです。それによって労働者としての自覚が自分の中に生まれました」との答えが返ってきました。

 日本でも、『Q&A 資本論』をテキストに学習運動がやられています。これを読んで搾取の本質を知り、たった一人で勇気をふりしぼって使用者側と交渉をやって、労働条件の改善を勝ち取ったといううれしい経験も報告されています。

日本の労働時間が長いのはどうしてでしょうか?

 日本の労働時間は欧州諸国に比べて年300時間も長く、「過労死」が依然重大な社会問題です。それは日本の財界・大企業の「利潤第一主義」の無分別な貪欲さの結果です。そして、財界支配のもとで、労働時間規制のルールがあまりに弱いことの結果です。

 労働運動の対応としては、たとえばフランスでは、1930年代の反ファシズム人民戦線政府によってバカンスが勝ち取られるなど、国民的大闘争によって労働時間短縮を勝ち取ってきた歴史があります。日本でも、階級的・民主的なナショナルセンターである全労連を中心に、「過労死」をなくすとりくみなど労働時間短縮の先駆的なたたかいの蓄積がありますが、欧州に負けないたたかいの歴史をつくっていくことが必要だと思います。

マルクスがいま生きていたら、現代の問題にどう対処したでしょうか?

 資本主義的搾取は、資本主義が続く限りなくなることはありません。それは今日いよいよ熱い問題です。同時に、『資本論』には、21世紀に私たちが直面している新しい問題についての解決の足掛かりになる、さまざまな解明があります。

 マルチェロ・ムストさんは、著書の中で、環境、移民、排外主義、ジェンダー解放などの現代の課題に、マルクスが深く立ち入った考察を行っていると指摘しています。その通りだと思います。マルクスの解明を足掛かりにして、またマルクスの精神に立って、21世紀の諸問題に答えを見いだしていく理論的な開拓の努力が必要だと思います。

労働生産性が高まれば失業する人がいる、どう捉えたらいいでしょうか?

 マルクスは『資本論』第1部、「第23章 資本主義的蓄積の一般的法則」で、資本主義の発展は、技術革新の進展とともに、仕事につけない「過剰」な労働者をいつも大量につくりだす法則を明らかにしています。マルクスはそれを「相対的過剰人口」または「産業予備軍」と名づけました。資本主義的蓄積は、労働者に不利で、資本家に有利な情勢を累進的に生みだしていきます。

 それではどうするか。マルクスは、『賃金、価格および利潤』(1865年)で二つの闘争方向を呼びかけています。第一は、一般的傾向が不利に働けば働くほど、労働者階級は自らの状態の改善のために、より頑強な日常闘争を行わなければならないということです。第二は、労働者階級が、そうした日常闘争にとどまらず、労働苦と生活苦をおしつけている資本主義的生産を根本から変革する社会変革をめざさなければならないということです。そうした「革命的スローガン」を、自分たちの旗に書きしるそうと、マルクスは呼びかけています。

 私は、『資本論』という書は、労働者階級に変革を呼びかけた書であり、同時に、希望を示す書でもあると考えています。「変革と希望の書」として読み、たたかいに生かすことを呼びかけたいと思います。