沖縄県の玉城デニー知事が9月の知事選に3選をめざし立候補すると表明した会見(25日)での訴え(要旨)を紹介します。
(写真)3期目への知事選立候補を表明する玉城デニー知事=25日、那覇市
「誰一人取り残さない沖縄らしい優しい社会」「平和で誇りある豊かな沖縄」の実現へ、引き続き着実に取り組んでいく決意を込め、出馬を表明します。
2018年10月の知事就任後、1期目は首里城正殿等の火災による焼失や新型コロナ感染症などに追われた任期でもありました。県民の命・暮らし・生業(なりわい)を支えるために必死の思いで取り組んでまいりました。2期目もウヤファーフジ(祖先)への敬い、自然への畏敬の念、他者の痛みに寄り添うチムグクル(真心)を大切にし、包摂性と寛容性に基づいて県政を運営してまいりました。
公約に掲げた大項目の一つ、「県経済と県民生活の再生」では、観光誘客促進、農林水産業や中小企業の支援などに取り組み、計350億円の物価高対策を講じてまいりました。25年度の観光客数は約1094万人で過去最高となり、観光収入も初めて1兆円を上回る見通しとなっております。好調な経済を反映して県税収入も伸び、県の一般会計予算は史上初の9千億円台となっています。
第二の「子ども・若者・女性支援施策のさらなる充実」では、子どもの貧困対策推進基金を拡充し、子ども通院医療費の中学卒業までの窓口無料化を実現しました。バス・モノレール通学無償化、学校給食費無償化に取り組んできており、子どもの貧困率は13年度の29・9%から23年度の20・2%と、着実に改善しつつあります。
三つ目の「辺野古新基地反対・米軍基地問題」では、政府が唯一の解決策とする普天間基地(宜野湾市)の名護市辺野古への「移設」は、約12年を要するとされ、普天間基地の一日も早い危険性の除去につながりません。辺野古移設の断念と県外・国外への移設、早期閉鎖・返還をあらゆる機会を通じて政府に求めてきたところです。
また、訪米によって米国政府や連邦議会議員、有識者らに辺野古新基地建設の技術的課題などを説明し、理解を得る取り組みを行ってきました。21会計年度国防権限法案に関する書面に、新基地建設にかかる懸念事項が明記されるなど成果につながっています。
今後の県政運営でも、継続して推進すべき施策や新たに取り組むべき課題が山積しています。子どもたちが夢や希望を持って成長することができるよう子どもの貧困解消、教育費負担の軽減など安心して学べる環境を整えます。高齢者が生きいきと暮らせるための地域医療の充実や介護体制の強化を進め、離島医療の格差解消を目指します。
県民所得の向上と安定した雇用の創出を着実に図り、交通渋滞解消へ鉄軌道の整備と新たな公共交通システムの構築を、戦後100年への最重要課題として取り組んでまいります。自然環境保全、観光インフラ整備などで感動と豊かさを実感できる観光を実現し、離島の交通や物流コストの軽減などを進めます。
復帰から50年以上を経ても、県民は到底受忍できない米軍基地の過重な負担を強いられ続けています。特に普天間基地の一日も早い危険性の除去は最大級の課題であり、機能を新たに加えて建設する辺野古新基地は基地の永久固定化でもあり断固として認められません。「世界一危険といわれる普天間基地の一日も早い危険性の除去」を政府に強く求めてまいります。
さらに、普天間基地を返還しないという米国政府の方針は断じて許せません。事実関係を明らかにしようとしない日本政府も同様です。辺野古埋め立て容認の人々も含め県民を裏切るもので、怒りが込み上げてきます。この機会に「平和」のもとへ県民が一つになり、県民の揺るぎない意思を国際社会へのうねりにしていくことが重要です。
安保3文書が閣議決定されて以降、南西諸島の防衛力強化が進められ、政府はさらなる強化のため、3文書を前倒しで改定するとしています。米軍基地が集中していることに加え、自衛隊の急激な配備拡張による抑止力の強化がかえって地域の緊張を高め、不測の事態が生じることも懸念されています。ましてや沖縄が攻撃目標になることは決してあってはならない。専守防衛の在り方を否定する長距離ミサイル配備に断固として反対します。
いま世界は、大国による一方的な現状変更の試みが行われ、これまでの国際秩序が根底から揺らいで、沖縄は他国の紛争の出撃拠点として使用される危うい状況に置かれています。このような時代だからこそ武力ではなく、平和的外交や対話によって問題解決を図るべきだと考えます。一人ひとりが価値観の違いや多様性を認め合い、世界の人々と連帯し、包摂性や寛容性をもって相手と対話することが重要です。アジア・太平洋地域の平和構築や相互発展に積極的な役割を果たしてまいります。
私は米国人の父、うちなーんちゅの母のもとにいわゆるダブル、あるいはハーフとして生を受けました。幼いころから生活に苦しい実の母に代わって養ってくれた、もう一人の母の愛情を受け育てられました。
「かーげーかーどやる(容姿は皮一枚にすぎない)」、「とぅーぬいーびや、ゆぬたけーねーらん(10本の指はどれも長さは不ぞろいでいい)」。私がハーフとして生きることがつらそうに見えた時、養母はそう言って励まし、実の母はたとえ生活は厳しくても心に笑いを忘れないようにと言い聞かせました。二人の母は私を明るい性格に育ててくれました。
私は、知事として県民のために奉仕することに生きがいを感じ、県民一人ひとりが未来への希望、夢をかなえられるよう前向きに取り組むことにこだわりたい。一人でも多くの県民が日々を笑顔で過ごされること。次世代の若い力が個性を発揮しながら成長し続けること。穏やかに過ごしたい方々が安心して子や孫たちと暮らせること。
これからさらなる難問難題に当たろうとも、私の知事としての情熱が萎(な)えることは絶対にありません。どのようなウフカジ(強風)が吹き付けようとも足を踏ん張り、県民のために、沖縄のために、ヌチカジリ(命の限り)全身全霊で向かっていきます。
▲出馬表明会見の動画は、このQRコードを読み取ることで視聴できます。動画はこちら➡

