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2026年4月22日

主張

武器輸出全面解禁
「平和の歩み」放棄の大暴挙だ

 戦闘機や戦車など殺傷武器の輸出まで解禁し、輸出先には紛争当事国も含み得る―。安全保障政策の大転換を、高市早苗政権が国民多数の反対世論を無視し、国会にも諮らず強行しました。武器輸出の分野で、憲法に基づく「平和国家」としての立場を完全に投げ捨てる暴挙です。

 高市政権は21日、「防衛装備移転三原則」とその「運用指針」を改定しました。最大の問題点は、これまで完成品の武器輸出を非戦闘目的に限定していた「5類型」(救難・輸送・警戒・監視・掃海)を撤廃し、殺傷能力を持った武器も原則容認したことです。戦闘行為が行われている国への輸出についても、安全保障上「特段の事情」があるとすれば可能としました。

■「落ちぶれた」政権

 武器の輸出はかつて全面的に禁止されていました。

 1967年4月、佐藤栄作首相は、共産圏諸国、国連決議による武器輸出禁止国、国際紛争当事国とその恐れのある国への武器輸出を認めないとする政策(武器輸出三原則)を国会で表明しました。

 76年2月には、三木武夫首相が政府統一見解を示し、三原則対象国以外の国にも憲法の精神にのっとり武器輸出を慎むとし、実質的に全面禁止しました。「平和国家としてのわが国の立場」から「国際紛争等を助長することを回避するため」です。当時、宮沢喜一外相は「わが国は兵器の輸出をして金をかせぐほど落ちぶれてはいない。もう少し高い理想を持った国として今後も続けていくべき」(同年5月14日、衆院外務委員会)だと述べていました。

 しかし、83年に米国への武器技術供与の取り決めを結んで以来、例外化が積み重ねられ、武器輸出三原則のなし崩し的な空洞化が進みました。

 2014年には、安倍晋三政権が武器輸出三原則に代わり防衛装備移転三原則を決定します。これは、武器輸出を「原則禁止」から「原則容認」へと大転換した上で「5類型」などの限定を付けるというものでした。今回の高市政権の決定はこの限定さえ取り去りました。落ちるところまで落ちるとはこのことです。

■資産生かしてこそ

 これまで歴代自民党政府は曲がりなりにも「理想」を持った外交をしていました。

 外務省は、小型武器問題に関するパンフレット(08年発行)で「日本は原則として武器輸出を行っていません。輸出を前提とした軍需産業もありません。このため、国連を中心とする枠組みを通じて国際社会をリードしています」と述べていました。

 同省の軍縮担当官は、武器輸出三原則を「世界の範たるべき」ものと言い、「私たちが軍縮外交を行う際に、非常に大きな資産となっています。日本が行っているモデルを世界に広めていくことは、軍縮外交の一つの側面」と語っていました(『外交フォーラム』03年9月号、小笠原一郎軍備管理軍縮課長)。

 高市政権は今回の改定理由として「同盟国・同志国の抑止力強化」を挙げます。しかし、今必要なのは、憲法9条に基づく外交「資産」を守り軍縮への切り替えでイニシアチブを発揮することです。