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2026年4月20日

Q&A 戦争への道をどう止め、平和をどうつくるか

民青学習会 志位和夫議長の講演(下)

 小泉 それでは再開をします。第3の角度は中国との関係をどうするかです。

第3の角度--中国との関係をどうするか?

Q15 日中関係がとても悪くなっています。どうしたらいいでしょうか?

高市首相の「台湾発言」の撤回は、両国関係を良くするうえでの大前提

写真

(写真)司会の(左から)酒巻眞世民青同盟副委員長と小泉伊知郎民青同盟常任委員、質問に答える志位和夫議長=11日、党本部

 小泉 15番目の質問です。日中関係がとても悪くなっています。どうしたらいいでしょうか?

 志位 日本と中国の関係はいま、1972年の日中国交正常化以降、最悪という状況になっています。

 私が、まず声を大にして言いたいのは、日中が再び戦火を交えるようなことは絶対にあってはならないということです。困難はあっても、軍事ではなく外交で解決すべきだし、解決の道はあるということを言いたいと思います。

 現在の日中関係悪化の直接的な原因は、ひとえに高市首相が行った「台湾発言」にあります。台湾海峡で米中の武力衝突が起こることを想定して、そのさいには「どう考えても存立危機事態になりうる」と答弁した。この発言には、二つのきわめて重大な問題があります。

 第一は、「存立危機事態」というのは、日本に対する武力攻撃がなくても、米軍を守るために、自衛隊が中国に対して武力行使をすることがありうるということです。つまり日本が中国に対して戦争することがありうるという発言をしたことになります。だからこれは戦争放棄をうたった日本国憲法に違反する発言です。そして、そんなことになったら、日中両国国民に甚大な被害をもたらす危険につながる発言であって、絶対に許すわけにいきません。

 第二に、「高市台湾発言」は、日中国交正常化のさいの1972年に日中両国が交わした日中共同声明に反するものです。日中国交正常化交渉において、中国側は「台湾は中国の領土の不可分の一部である」と主張しました。これに対して日本側は、それを「十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と表明して、それが日中共同声明に明記されました。「高市台湾発言」は、日中国交正常化の土台になったこの合意を壊してしまう。一番の土台を壊してしまうものです。1972年の日中共同声明というのは、その後のあらゆる両国間の合意文書の土台となるものですから、それを否定してしまうと、その後の文書も意味をなさなくなってしまうことにもなる。とても重大な意味があるんですね。

 ですから、この発言ばかりは、時間がたてば何とかなるというものではない。発言を撤回し、撤回した上で、日中両国間の一連の合意文書を再確認することがどうしても必要になります。それは日中両国関係を良くしていくうえでの大前提となることを強く言っておきたいと思います。

 小泉 日中関係の悪化については、青年からもさまざまな反応がありますけれども、改善の方向に進んでほしいというのは共通していると思います。そのうえで、高市首相の「台湾発言」がどういう重大な意味を持つのかというのは、青年の中に必ずしも知られてはいないわけですが、関係改善のためにはこの発言の撤回がどうしても大事なんだということを広げていきたいなと思います。

Q16 「中国は脅威」という議論がありますが、どう思われますか? 日中関係をどうやって良くしたらいいでしょうか?

日本と中国は、「互いに脅威とならない」という首脳合意を交わしている

 小泉 16番目の質問です。「中国は脅威」という議論がありますが、どう思われますか? 日中関係をどうやって良くしたらいいでしょうか?

 志位 「中国は脅威」という議論に対して、私は、日本と中国は「互いに脅威とならない」という首脳合意を交わしている、だからそれを双方が守るということが大切だということを言いたいと思います。

 日本共産党は、2023年3月に、「提言」――「日中両国関係の前向きの打開のために」を発表しました。私たちは、この「提言」をつくるさいに、日中両国政府が1972年の国交正常化以来の50年余りにわたって交わしてきたさまざまな合意などを全て精査してみたんです。そうしますと、事態を前に打開する上で三つの点で「共通の土台」があるということが浮かび上がってきました。それを生かして前に進もうというのが私たちの「提言」なんです。

 第一は、2008年の日中首脳会談で交わされた日中共同声明での「双方は、互いに協力のパートナーであり、互いに脅威とならない」との合意を尊重し、双方が合意にふさわしい行動をとることです。

 第二は、尖閣諸島など東シナ海の問題について、2014年の日中合意で確認された「対話と協議」を通じて問題を解決していくという立場を双方が順守することです。

 第三に、東アジアの多国間の平和の枠組みとしては、特定の国を排除するのではなくて、ASEANが提唱している「ASEANインド太平洋構想」――AOIPという日中双方が賛成している包摂的な枠組みを前進させることを追求することです。

言うべきことは率直に言いつつ、外交によって両国関係を前に動かす

 小泉 日中両国政府に申し入れたということですが、両国政府の受け止めはいかがでしたか。

 志位 日本側は岸田首相(当時)、中国側は呉江浩大使と会談し、両国政府から肯定的な受け止めが表明されました。これはとても重要なことです。

 2025年4月、私は、日中友好議員連盟の代表団の一員として訪中して、中国側の要人と会談したさいに、この三つの点を直接伝えるとともに、「相手にとって耳の痛いことでも、言うべきことは言わなければならない」と考えまして、さらに二つの点を話しました。

 一つは、「東シナ海などでの力を背景にした現状変更の動きを自制してほしい」ということです。

 もう一つは、台湾問題の平和的な解決です。私は、「私たちは台湾問題の平和的解決を強く願っています。日本共産党は(中国による)武力による威嚇や行使に反対です。同時に第三国による軍事的関与や介入にも反対です。台湾海峡の平和と安定を強く願っています。これは地域の平和と安定にとっても極めて重要なことです」とのべました。

 中国側は、私が、「お互いに脅威とならない」の原則を強調したことに対して、「志位議長の提案を重視しています」と応じました。ただ、台湾問題では立場が違います。中国側は、中国政府の立場をのべ、意見が異なる問題であり議論になりました。

 「言うべきことは率直に言いつつ、外交によって両国関係を前に動かすために、知恵と力をつくす」――これが日本共産党の立場ですが、いま中国との関係で求められるのは、こうした道理に立った冷静な外交ではないでしょうか。

 小泉 そう思います。

 志位 とくに私が強調したいのは、このなかでも、一番目の「互いに脅威とならない」という原則を、日中双方が文字通り実行するということです。すなわち双方が緊張と対立を悪化させるような行動をとらないということです。日本は、軍事的対応の強化――敵基地攻撃能力保有や大軍拡はやめるべきです。中国は、東シナ海などでの力を背景にした現状変更の動きをやめるべきです。「互いに脅威とならない」という原則を日中双方が文字通り実行することは、日中両国が軍事対軍事の悪循環に陥ることを防ぎ、両国の友好と協調の関係をつくるうえで、一番の要となる問題であることを強調したいと思います。「中国は脅威」という議論に対しては、「脅威とならない」という首脳合意があるのだから、それを順守し、それにふさわしい行動をとるべきだということが、現状を前向きに変えていく立場からの私たちの回答なのです。

 小泉 街頭で青年と対話をしていると、中国との外交は難しいんじゃないかとか、こちらの言うことを聞いてもらえないんじゃないかという不安もよく出されるわけですけれども、「互いに脅威とならない」という合意をはじめとして、外交を進めていく「共通の土台」があるというのがとても大事だなというふうに思いました。

 志位 そうですね。私は、外交というのは、当然、国連憲章と国際法など守るべき共通のルールを守ったうえで、お互いにメリットがないといけない。中国にとっても、日本にとっても、メリットがないといけない。そうしてこそ外交は成り立つと思います。どちらか一方が利益を得て、他方は屈従するということでは、まともな外交とはいえない。アメリカと日本との関係はそうなっているけれど、これはまともな外交とはいえないのです。“ウィンウィン”でこそ外交は成り立つのです。日中関係も、そういう立場でこそ、前向きの打開をはかることができると思います。

 小泉 そこが本当に大事だと思います。日本共産党が日中関係を改善していくという立場に立ちつつ、中国に対して東シナ海や台湾問題などについて言うべきことを率直に言っているということも大事だなというふうに思いました。

Q17 北東アジアにはいろいろな不安があります。この地域を東南アジアのような戦争の心配のない地域に変えるにはどうしたらいいですか?

「日中韓サミット」の発展をはじめ、この地域でも“対話の習慣”を育む

 小泉 17番目の質問です。北東アジアにはいろいろな不安があります。この地域を東南アジアのような戦争の心配のない地域に変えるにはどうしたらいいですか?

 志位 私は、昨年11月、韓国を訪問したさいに、ソウルで鄭義溶(チョン・ウィヨン)アジア政党国際会議(ICAPP)常任委員会議長(元韓国外相)とかなり突っ込んで会談する機会がありました。鄭さんは、2004年にソウルで開催されたICAPPでお会いして以来の古くからの友人です。

 この会談で鄭さんが一番心配だと言っていたのは、北東アジアでブロック対立が固定化する危険がある、そうさせてはならないということでした。私も、その通りだと思いますと応じました。どういうことかと言いますと、一方で日本と韓国と米国、他方で中国とロシアと北朝鮮が、それぞれブロックとなって、対立して、軍拡競争をやって、それが固定化する。そうなってはいけないということです。

 そのためにどうしたらいいか。私は、シンプルな解決法を粘り強く追求すべきだと思います。すなわち、すべての問題を、軍事ではなく対話で解決する“対話の習慣”を北東アジアでもつくっていくことが重要だと思います。

 でも“対話の習慣”というが、この北東アジアでどうつくっていったらいいのか。そういう疑問もあるでしょう。私は、さまざまな2国間での対話の努力と同時に、多国間での“対話の習慣”という点では、日本と中国と韓国の三つの国から始めることは、とても現実的だし大切だと思います。

 実は、この三つの国の間には、2008年以来、「日中韓サミット」という政府間協力の枠組みがあるのです。事務局は韓国のソウルに設置されています。これまで9回のサミットが開催されて、たとえば、「北東アジアの平和、安定、繁栄の実現に貢献する」とか、「朝鮮半島の非核化」を進めるなど、共同宣言も採択されています。

 ただ必ず毎年開催されているわけではなくて、とびとびになることもある。たとえば2025年は、高市首相の「台湾発言」のために開催が見送られてしまった。まだ不安定なのです。私は、ASEANがやっているように、どんな問題があっても、三つの国の対話は途切れなく続けることが大事だと思います。関係が悪くなっても、むしろ悪くなった時こそ対話を続ける。重要な議題がない時でも対話を続ける。何があっても対話を続ける。そして、「日中韓サミット」という枠組みが現にあるのだから、それを発展させるために、うまずたゆまず努力すべきではないかと思います。

 そして、この枠組みを発展させて、ゆくゆくは、この地域に関連するすべての国――かつて北朝鮮問題解決のための6カ国協議――日本、中国、韓国、アメリカ、ロシア、北朝鮮の6カ国の協議が開催されていたんですが、その到達点を踏まえて、6カ国による平和の枠組みをつくることを追求する、そういう努力を行っていくことが大切だと思います。そういう努力が実れば、東南アジアと北東アジアは一つに結ばれて、東アジアに関連するすべての国が参加する平和共同体をつくる展望が開かれてくるでしょう。時間がかかっても、そういう努力を粘り強くやるべきではないでしょうか。

 北東アジアには、確かにいろいろな問題があります。朝鮮半島問題、台湾問題、日本の歴史問題など、東南アジアにはないさまざまな困難が存在します。しかし、考えてみますと、ASEANが発足した当時の東南アジアは、ベトナム戦争のさなかですから、いまの北東アジア以上の緊張と対立、戦乱のさなかだったのです。そこから出発して、ASEANは半世紀以上に及ぶ根強い対話の努力を積み重ねて、平和の地域共同体をつくりあげました。東南アジアにできて北東アジアにできない道理はありません。ASEANと協力して、北東アジアを東南アジアのような戦争の心配のない地域にしていくために、この地域でも“対話の習慣”を育み、根付かせる努力をやっていく。そのためには、政府と政府の関係だけでなく、市民社会の取り組み、草の根での取り組みが大切です。さまざまな形でその可能性を追求したいと思います。

 小泉 北東アジアの平和というと、これまで6カ国協議の枠組みという話がよくされてきたと思いますが、日本、中国、韓国3カ国から始めるというのは、いまの国際情勢のもとでとても現実的だと思いました。

第4の角度--憲法9条を守り、生かすことがどうして大切か?

 酒巻 ここからは第4の角度――憲法9条を守り、生かすことがどうして大切かということについて聞いていきます。

 志位 いよいよクライマックスですね。

 酒巻 はい。そうですね。

Q18 そもそも憲法はどういうものなのか? 高市首相は施政方針演説で「憲法は国の理想の姿を物語るもの」と言いましたが、どうでしょうか?

国民の権利や自由を守るために、国家権力を縛るルールが憲法

 酒巻 18番目の質問です。そもそも憲法はどういうものなのか? 高市首相は施政方針演説で「憲法は国の理想の姿を物語るもの」と言いましたが、どうでしょうか。

 志位 高市首相は、施政方針演説で、「憲法は国の理想の姿を物語るもの」だとのべ、「国会における(憲法改正の)発議が早期に実現されることを期待します」と言いました。「国の理想の姿を物語る」という憲法観は、安倍首相もしばしば繰り返してきたものですが、ここには「憲法とは何か」についての認識の大きな欠落、もっと言えば不理解があると思います。

 憲法とは、国家権力を行使する立場にある者が、「国の理想の姿」を語るものではありません。国民の権利や自由を守るために、国家権力を縛るルールが憲法です。国家権力による失敗――戦争や、人権侵害や、独裁などの失敗の反省をふまえて、つまり歴史の反省をふまえて国家権力を縛るルールが憲法です。それが憲法の本質であって、私たちはこれを立憲主義と呼んでいます。

 国家権力を縛るルールが憲法だということは、憲法の条項の中にはっきりと書かれています。憲法第99条は、誰がこのルールを守るかについて、つぎのように明記しています。

 「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」

 憲法を順守する義務を負う対象に、「国民」は入っていないでしょう。憲法を順守する義務を負っているのは、国家権力を行使する立場にある国務大臣、国会議員、裁判官、公務員なのです。高市首相の憲法観にはこの立場が欠落しています。自分が憲法によって縛られているのに、縛られているという自覚がない。これはとても危ないことではないでしょうか。

 もう一つ、私が、この間、大きな問題だと感じたのは、先日(2月15日)のNHK討論会で自民党の幹事長代理の人がこう言ったのです。「国論を二分する憲法改正を進めていきたい」。これは驚きの発言です。「国論を二分する憲法改正」というのはできないし、やってはならないことです。憲法第96条は憲法改正の手続きについて、つぎのように定めています。

 「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」

 国会が発議するには、各議院――衆議院と参議院の総議員の3分の2以上の賛成が必要という非常に厳しいハードルが課せられています。これはどういうことかというと、国民の圧倒的多数の中で憲法改正が必要だという合意が成熟して初めて問題になるということにほかなりません。

 日本共産党は憲法改正自体に反対の立場ですが、仮に改正する場合には、国民の圧倒的多数のなかで改正が必要だという合意が成熟したときに初めて問題になるというのが、憲法第96条に書いてあることなのです。

 ですから、「国論を二分する憲法改正」というのは、そもそも憲法に反するものです。その時に国会でたまたま多数を得ている者が、「国論を二分」して、自分の都合のよいように憲法改正を行うことが許されれば、「国家権力を縛る」という立憲主義が壊されてしまうことになります。

 このように、憲法のイロハを理解していない者が政権を担っていて、憲法のイロハに反することを平気で言っている。だから私たちは、そもそも憲法とはどういうものなのか、立憲主義とはどういうことなのか、そういう「そもそも」論をしっかりと握って、それを踏まえた議論を行うことが、たいへんに重要だと思います。

 酒巻 誤った憲法観が改憲論議と一体に振りまかれているのはすごく問題だと思いました。そういう状況の中で、憲法とは何かをしっかり理解し、議論していくことが本当に大切だなと感じました。

Q19 憲法9条は世界でも日本にしかないユニークなものです。日本国民が、戦後、憲法をつくったときに、この条項にどういう思いを込めたのかについてお話しください。

“再び戦争国家にならない”“「戦争のない世界」という理想を先駆けて実行する”

 酒巻 19番目の質問です。憲法9条は世界でも日本にしかないユニークなものです。日本国民が戦後憲法をつくった時に、この条項にどういう思いを込めたのかについてお話しください。

 志位 日本国憲法第9条のような条項は、たしかに世界でも日本だけのもので、私たちは世界史的な意義を持つと考えています。第9条には、二つの項があって、第1項で、「戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」を放棄しています。同時に、それにとどまらず、第2項では、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」ということまで言っています。ここまで恒久平和主義を徹底した憲法は、世界でも日本国憲法しかありません。

 「この条項にどういう思いを込めたのか」という質問ですが、私は、この条項には、恒久平和に対する日本国民の二重の決意が込められていると思います。

 第一は、“再び戦争国家にならない”という決意です。この決意は、憲法の前文に、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」という一文にはっきりとのべられています。アジアで2千万人、日本国民の310万人の命を奪った侵略戦争は二度と繰り返さない。“再び戦争国家にならない”。これが日本国民が憲法9条に込めた決意です。

 第二は、より積極的なものなのですが、“「戦争のない世界」をつくるという理想を世界に先駆けて実行する”という決意です。憲法の前文には「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する」と明記しています。それから、戦争放棄をうたった第9条第1項では、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」していることを戦争放棄の動機として明記しています。これらは国連憲章にのべられた「戦争のない世界」をつくるという理想を、日本こそが世界に先駆けて実行するという決意を示したものです。

 1947年8月、文部省が発行し、全国の中学生が1年生の教科書として学んだ『あたらしい憲法のはなし』からの一節を紹介します。

 「こんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。『放棄』とは『すててしまう』ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません

 もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです」

 昔の文部省は立派なことを言ったものですね。「日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」と、世界平和の先駆けになろうという決意が、誇り高くのべられています。

 酒巻 とても感動的です。誇り高い決意がのべられていますね。

Q20 どうして日本がこのような憲法をもつことができたのですか?

「文明と戦争とは両立しない」--広島、長崎の体験が憲法9条を生み出した

 酒巻 いまの質問ともかかわるのですが、20番目の質問です。どうして日本がこのような憲法をもつことができたのでしょうか?

 志位 その土台には、侵略戦争と植民地支配によってアジア諸国民と日本国民に甚大な被害を与えたことへの反省がありました。同時に、日本だけが体験した重大な歴史的事情がありました。

 ここで、日本国憲法と国連憲章を比べてみましょう。1945年6月に調印された国連憲章は、2度にわたる世界大戦の惨禍を踏まえて、「武力による威嚇又は武力の行使」が厳しく禁止されています。ここまでは日本国憲法と同じです。

 しかし、その翌年の1946年11月に公布された日本国憲法では、第9条で、第1項で、国連憲章を踏まえて「武力による威嚇又は武力の行使」を放棄しているだけではなくて、第2項で、さらに進んで、いっさいの戦力保持と国の交戦権を禁止しています。これは国連憲章にはないものです。つまり、国連憲章に比べても、日本国憲法は前に向かっての飛躍があるのです。

 この前に向かっての飛躍はどうして起こったのか。1945年6月の国連憲章の調印と46年11月の日本国憲法公布までの間に、人類はある重大な出来事を体験しました。それは45年8月の広島、長崎への原爆投下です。これによって、二十数万人の人々の命が奪われ、二つの美しい都市が一瞬にして廃虚と化しました。このようなこの世の地獄は世界のどこにも二度と繰り返してはならない。この強い思いが憲法9条という宝を生み出したのです。

 そのことを裏付ける資料を紹介したいと思います。1946年8月、憲法制定議会での、当時の幣原喜重郎首相の貴族院での答弁です。

 「文明と戦争とは結局両立しえないものであります。文明が速やかに戦争を全滅しなければ、戦争がまず文明を全滅することになるでありましょう」(8月27日)

 「原子爆弾と云(い)うものが発見されただけでも、或戦争論者に対して、余程再考を促すことになっている、……日本は今や、徹底的な平和運動の先頭に立って、その一つの大きな旗を担いで進んで行くものである……(これは)理念だけのことではありませぬ、……すなわち戦争を放棄すると云うことになりますと云うと一切の軍備は不要になります」(8月30日)

 原子爆弾の「発見」が一つの契機になって、戦争放棄、軍備禁止の憲法9条が生まれたことをのべています。

 こうした政府の態度表明を受けてつくられた『新憲法の解説』(法制局閲 内閣発行 1946年11月)では、つぎのようにのべています。

 「一度び戦争が起れば人道は無視され、個人の尊厳と基本的人権は蹂躙され、文明は抹殺されてしまう。原子爆弾の出現は、戦争の可能性を拡大するか、又は逆に戦争の原因を終息せしめるかの重大段階に到達したのであるが、識者は、まづ文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を抹殺するであらうと真剣に憂へているのである。こゝに於いて本章(第二章 戦争の放棄)の有する重大な積極的意義を知るのである」

 原子爆弾の出現によって、もはや文明と戦争は両立できなくなった。文明が戦争を抹殺しなければ、やがては戦争が文明を抹殺してしまうだろう。それならば文明の力で戦争を抹殺しよう。戦争を放棄し、陸海空軍いっさいの戦力を放棄しよう。それを世界に先駆けて実行しよう。こうして世界に誇る日本国憲法第9条が生まれたのです。

 こうして憲法第9条には、戦争を二度と引き起こしてはならないという決意とともに、この地球上のどこでも核戦争を絶対に引き起こしてはならないという決意が込められています。私は、ここにもこの条項の持つ世界史的意義があると思います。そのことを踏まえて、「戦争はやめろ」の声と、「核兵器をなくせ」という声を、一つにつなげて、運動を発展させることが大切だと思います。

 酒巻 憲法9条は、原爆投下という重大な経験から生まれたからこそ、絶対に戦争を起こさないというだけじゃなくて、核戦争も絶対に起こさないという決意が込められていると。世界的にも本当に誇るべき9条だなって感じました。

Q21 戦後81年、9条はどういう役割を果たしてきたのでしょうか?

日本国民の命、自衛隊員の命、相手国国民の命を守る「盾」となって働いてきた

 酒巻 21番目の質問です。戦後81年、9条はどういう役割を果たしてきたのでしょうか?

 志位 憲法9条の成立を境にして、明治維新以降の日本の歴史は二つに分かれます。

 1945年の敗戦まで、日本は侵略戦争につぐ侵略戦争を繰り返してきた戦争国家でした。

 主なものだけでも、日清戦争(1894~95年)、台湾植民地戦争(1895~1915年)、日露戦争(1904~05年)、韓国の反日義兵闘争への鎮圧戦争(1906~11年)、第1次世界大戦(1914~18年)、ロシア革命への干渉戦争(1918~22年)、中国東北部への侵略戦争開始(1931年)、対中国全面戦争開始(1937年)、そして太平洋戦争(1941~45年)。まさに戦争の連続でした。そのすべてが領土拡大を目的とした侵略戦争でした。

 ところが1946年、日本国憲法の成立後は、日本が戦争に直接参戦したことは一度もありません。1954年、自衛隊が創設されました。しかし、自衛隊は今日まで一人の外国人も殺していないし、一人の戦死者も出していません。こういう軍隊というのは世界の主要国の軍隊でも自衛隊だけです。ここには平和を願う国民のたたかいとともに、憲法9条の偉大な力が働いているのです。私は、憲法9条は、自衛隊員の命をも救ってきたということを強く言いたいと思います。

 そのことにかかわって、第2次世界大戦後の二つの重大な戦争と自衛隊の関係についてお話ししたいと思います。

パネル28

 まずベトナム戦争と自衛隊の関係です。〔パネル28〕をご覧ください。2010年に公開された藤山外務大臣(当時)と、マッカーサー駐日米大使との会談録(極秘の外交文書)です。1958年7月30日に行われた会談の記録です。

 ベトナム戦争中の1958年7月、マッカーサー駐日大使は、日本側に日米安保条約の適用範囲を「西太平洋」まで拡大することを提案しました。アメリカは、ベトナムへの軍事介入を開始した1954年、ヨーロッパのNATOのような多国間軍事同盟をアジア地域につくる計画――日本、韓国、台湾、フィリピン、東南アジア、オーストラリアとニュージーランドなどによる多国間軍事同盟をつくる計画を立てて、その中に日本を組み込もうという企てを進めようとしたのです。しかし、当時の藤山外相は「憲法上の制約がある」として、これを拒みました。もしも憲法9条がなかったら、日本の自衛隊は、韓国などと同様に、ベトナム侵略戦争に動員され、日本とベトナムの双方にたくさんの犠牲者を出すことになったでしょう。

パネル29

 もう一つは、イラク戦争と自衛隊の関係です。〔パネル29〕をご覧ください。「朝日」の2013年3月17日付の記事からの引用です。イラク戦争のさい、陸上自衛隊は2004年から06年にかけてイラクに派兵されました。砲撃はされましたが、幸い、死者は出ませんでした。その背景がどんなものだったかを明らかにしたのがこの記事なんです。武装勢力の幹部は、「(自衛隊)駐留に反対はしていたが、武装部門による攻撃はしないことを当時、内部で合意していた」と明かしたとあります。そして、「(かつて米国と戦争した)日本とは共有すべきものがある」とする意見が大勢を占め、「デモで反対はするが、武力攻撃の対象としないことで合意していた」とのことです。武装勢力の幹部は、「武装部門が組織的に攻撃していれば、自衛隊員に死者が出ていただろう」と語ったと報じています。ここでも憲法9条が自衛隊員の命を辛くも救ったということが言えるのではないかと思います。

 「憲法9条を守ろう」という運動に対して、「お花畑」というネットスラングで揶揄(やゆ)する言葉が投げつけられるということはありませんか?

 酒巻 あります。

 志位 「お花畑」とは、「頭の中がお花畑」――「現実の問題を考えず、楽観的に物事を見ようとしている」という揶揄だと思います。

 しかし、いまお話ししたように、憲法9条が果たしてきた役割は、「お花畑」どころか、現に起こっている侵略戦争から、日本国民の命、自衛隊員の命、そして相手国の国民の命を守る、文字通りの「盾」になって働いてきたという、きわめて大きな現実的意義を持つものでした。そして、それは、世界で日本が「平和国家」として信頼される源にもなってきたのです。

 酒巻 9条が実質的に果たしてきた役割ということが本当によく見えてきました。日本という国が「戦争国家」にならずにすんできた。世界から信頼される源になってきた。すごく理解が深まりました。

 志位 そうですね。日本と世界にとっての大きな財産、文字通りの宝だと思います。

Q22 日本の憲法は人権の規定がとても豊かだと聞きます。平和と人権の関係について、日本国憲法ではどのように捉えているのでしょうか?

平和なくして人権保障なし--「平和的生存権」の重要な意義

 酒巻 22番目の質問です。日本の憲法は人権の規定がとても豊かだと聞きます。平和と人権の関係について、日本国憲法ではどのように捉えているのでしょうか?

 志位 これはとても大事な問題です。日本国憲法は第3章で、30条にわたって基本的人権についての規定が盛り込まれています。なかでも、「個人の尊重」をうたい、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を規定した第13条は、基本的人権の全体の中で要をなすたいへんに重要な条項です。30条に及ぶ人権規定には、言論の自由などの政治的権利とともに、国民の生存権を定めた第25条をはじめとした社会的権利も明記されていて、全体として世界でも先駆的で豊かな人権規定となっています。

 一般的に言って、平和と人権は、密接不可分のものです。すなわち平和は、人間の生存とすべての人権の前提です。同時に、人権の尊重なくして真の平和はありえない。両者は一体不可分の関係にあります。

 そのうえで日本国憲法における平和と人権の関係ですが、日本国憲法は、「平和なくして、人権保障なし、文明なし」という認識のうえに立っています。憲法の構成を見てください。憲法の構成のうえでも、「第2章 戦争放棄」がまず独立の章として立てられ、つぎに「第3章 国民の権利及び義務」――基本的人権が規定されています。つまり、戦争を阻止し、平和を実現しなければ、基本的人権の尊重も、国民が主権者として尊重されることもないという立場に、日本国憲法は立っているわけです。

 この問題を理解するうえで、たいへんに重要なのは、日本国憲法がその前文で、「平和のうちに生存する権利」――「平和的生存権」を規定しているということです。この権利は、日本国民に対してだけでなく、「全世界の国民」に対して保障されているということも、大切なところです。

 この点で、2008年4月17日、名古屋高等裁判所が、いわゆる自衛隊イラク派兵差止訴訟判決――この判決は確定判決になりました――において、憲法前文の「平和的生存権」についてつぎのようにのべ、それが単に理念を定めたものではなく、具体的権利を定めたものであることを認めたことは、画期的な意義をもつものです。判決からの抜粋を紹介します。

 「平和的生存権は、現代において憲法の保障する基本的人権が平和の基盤なしには存立し得ないことからして、全ての基本的人権の基礎にあって、その享有を可能ならしめる基底的権利であるということができ、単に憲法の基本的精神や理念を表明したに留まるものではない」

 ここで、「全ての基本的人権の基礎にあって、その享有を可能ならしめる基底的権利」と言っていることがとても重要です。たとえば、憲法第13条の幸福追求権を考えてみましょう。平和でこそそれは可能になります。戦争になってしまったら、幸福を追求する権利は、たとえば学問に取り組みたい、生きがいを持てる仕事をやりたい、恋愛をしたいなど、あらゆる面で断ち切られてしまいます。自分で自分のことを決定する権利、自己決定権がなくなってしまいます。それはあらゆる戦争が証明していることではないでしょうか。「平和的生存権」は、平和なくして人権なし、しかもその平和を求めることは、国民の具体的権利なのだということを正面から主張しているのです。

 名古屋高裁の判決は、つぎのようにものべています。

 「例えば、憲法9条に違反する国の行為、すなわち戦争の遂行、武力の行使等や戦争の準備行為等によって、個人の生命、自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合、また、憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合には、……裁判所に対し……救済を求めることができる場合がある」

 いま起こっていることとの関係で言いますと、たとえば敵基地攻撃ミサイル配備という憲法違反の国の行為によって、配備された地域に住む人々が、報復攻撃の危険にさらされ、住民避難を強制されるなど、個人の生命や自由が危険にさらされている現実があります。そうした場合には、一人ひとりの国民が、主権者として、「平和的生存権」を行使して声を上げる権利がある、声を上げよう。これが憲法に「平和的生存権」をうたっている重要な意味なのです。

 憲法9条は、国を「戦争をさせない」というルールで縛っています。その国が、仮に憲法9条を破って戦争を始めた場合、あるいは戦争の準備を始めた場合であっても、一人ひとりの国民は、「平和的生存権」を行使し、「平和のうちに生存する権利」を主張することができるのです。憲法前文の「平和的生存権」を第9条と一体に、平和をつくるたたかいに大いに生かしていこうということを、訴えたいと思います。

 酒巻 「平和的生存権」を行使して声を上げていこうというお話は、とても新鮮なお話として受け止めました。

 志位 「平和的生存権」は、憲法制定当初にはあまり注目されなかった面もあるようです。それが、だんだんと光が当たってきて、この権利に関する学説も積み重ねられてきて、たたかいのなかで名古屋高裁の判決が出された。このように、憲法というのは時代とともに発展する要素もあるのではないかと思います。

Q23 自衛隊の存在を書き込むという9条改定案がありますが、どうなりますか?

自衛隊の海外での武力行使が、まったく無制限に行えるようになる

 酒巻 23番目の質問です。自衛隊の存在を書き込むという9条改定案がありますが、これはどうなりますか?

 志位 自民党は、4項目の改憲案を示しており、その第1に、憲法に「自衛隊の明記」をするというものを置いています。どのように書き込むというのか。自民党は、現行の9条1項、2項とその解釈を維持したうえで、つぎのような「条文イメージ(たたき台素案)」を「第九条の二」として追加するという主張をしています。(2019年、同党憲法改正推進本部)

 「第九条の二 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する」

 「前条の規定は……妨げず」とありますから、第9条の1項、2項に何と書いてあろうと、こちらが優先するという条項となっています。

 これを追加するとどうなるか。結論から言えば、自衛隊の海外での武力の行使が、まったく無制限に行えるようになります。

 戦後、自民党政権は、憲法違反の自衛隊をつくり、世界有数の軍隊にしてきました。ただ、いまだに政府はこの軍隊を、「軍隊」と認めていません。「戦力」として認めていません。だから、私たちが国会で「軍事費」という言葉を使いますと、「軍事費じゃない、防衛費だ」というヤジが自民党席から飛んできます。

 それでは自衛隊はどういう存在か。「自衛隊は、わが国の自衛のための必要最小限度の実力組織であって、憲法9条が禁止した戦力にはあたらない」。政府はこういう建前を立ててきました。どう考えてもおかしな建前ですが、ともかくもそういう建前を立ててきた。そして、「わが国の自衛のための必要最小限度の実力組織」という「自衛隊の存在理由」から導かれる帰結として、自衛隊には「できない」ことが三つあると、政府は説明してきました。1990年に、「国連協力」の名目で初の自衛隊の海外派兵法が国会にかかったときの政府の答弁を紹介します。

 「一つは、……いわゆる海外派兵、……武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣する(ことは)、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものである、こういうことでございますから憲法上許されない……。

 それからつぎに……、集団的自衛権は、……憲法9条のもとで許容されている我が国を防衛するための必要最小限度の範囲、これを超えるものでありますので、憲法上許されない、これが第二番目であります。

 それから第三番目といたしましてはいわゆる従来の国連軍、これにつきましては、……その国連軍の目的・任務が武力行使を伴うものであればこれに参加することは許されない」(工藤敦夫内閣法制局長官、1990年10月24日、国際連合平和協力に関する特別委員会)

 この三つのうち、第二の集団的自衛権については、「存立危機事態」という特別な場合に限って認めるという安保法制によって一部穴が開けられました。しかし、いわゆるフルスペック――全面的な集団的自衛権の行使はできないとされています。第一の海外派兵はいまでもできないことになっています。2015年の安保法制のさいに安倍首相とずいぶん論戦しましたが、「海外派兵はできない」ということを繰り返し明言しました。第三の武力行使を任務とする国連軍への参加もできないことになっています。こうして、憲法9条は、いまなお海外での武力行使を止めるうえで大きな力を発揮しているのです。

 それでは自民党の改憲案が実行されたらどうなるか。この改憲案には、「必要な自衛の措置」がとれるという言葉がありますけれども、「自衛」の中身は個別的自衛権に限定されていません。そうしますと、「自衛」の名での「集団的自衛権」のフルスペック――全面的な行使に道が開かれることになってしまう。

 それだけではありません。この改憲案の最大の問題は、「必要最小限度」という制約がどこにもない、すっぽりと削除されてしまっているということにあります。そのことによって、これまで「できない」とされてきた三つのこと――海外派兵、集団的自衛権行使、武力行使を任務とする国連軍参加のすべてが、無制限に行えるようになってしまう。一人の外国人も殺さず、一人の戦死者も出さないという自衛隊の歴史は終わりとなり、「殺し、殺される」という事態が現実のものになってしまう危険があるわけです。

 ですから、私は訴えたい。「平和国家」から「戦争国家」への大変質を絶対に止めよう。みんなで力を合わせて止めようということを訴えたいと思います。

 酒巻 青年と対話していると、自衛隊を憲法に書き込むくらいならいいんじゃないかなという声も聞いてきたんですが、いまお話を聞いて、書き込むことが「戦争国家」への道につながるということを広く知らせていくということが大事になるなと思いました。

 志位 「あるものをただ書くだけ」という生易しい話ではありません。国のあり方の大変質になってしまうのです。

Q24 憲法改定案の発議をどうやったら止められますか?

憲法改悪反対の揺るがない圧倒的な国民多数派をつくろう

 酒巻 24番目の質問です。憲法改定案の発議をどうやったら止められますか?

 志位 もちろん日本共産党は国会で全力をあげて奮闘します。同時に、発議を止める最大の力は、憲法改悪反対の揺るがない圧倒的な国民多数派をつくることにあることを訴えたいと思います。そうすれば、かりに国会で改憲派が多数を占めていようと、改憲の発議はできなくなります。

 なぜならば、仮に国会で改憲の発議をしたとしても、国民投票で否定されてしまうからです。国民投票で否定されたらどうなるか。発議した改憲勢力は国民からリコールを受けたのに等しい状態に追い込まれてしまって、政治的に取り返しがつかない、致命的な打撃を被ることになるでしょう。だから、憲法改悪反対の揺るがない圧倒的な国民多数派――「揺るがない圧倒的な」というところが大事で、改憲派があらゆる手段をもちいて強行しようとしても、びくともしないような圧倒的な国民多数派をつくるならば、改憲派は恐ろしくて国会発議ができなくなる。

 そのために、冒頭お話ししたように、「戦争はいや」という圧倒的多数の国民の思いを大切にして、そこから出発して、どうすれば戦争を止められるかを一緒に考えていく対話に取り組もうということを呼びかけたい。軍事的抑止力を強めることでは平和はつくれない、粘り強い対話と外交の力こそが平和をつくる道だということを、大いに語ろうではありませんか。

 国民的規模で、対話、運動、共同を広げ、憲法改悪反対の揺るがない圧倒的な国民多数をつくるために頑張り抜こうではありませんか。

 酒巻 民青同盟としても草の根から対話と共同を広げるために頑張っていきたいというふうに思います。

 それでは、ここでもう一度、休憩をとります。休憩後は、今日、寄せられた質問に答えていただく時間になります。

 (2回目の休憩)

当日寄せられた質問に対する回答

 酒巻 それでは再開します。ここで今日これまでに、会場のみなさんから寄せられた質問、全国のみなさんからのメールで寄せられた質問に、志位さんから答えていただきます。志位さん、よろしくお願いします。

 志位 たくさんの質問が、私の手元にとどいています。100通を大きく超える数ですね。すべてに答えていきますと明日の朝になってしまいますので、残された時間の範囲内で回答します。同様の質問の数が多いものから答えられるように整理をしてもらいました。

当日のQ1 トランプ大統領やアメリカが怖いと思いませんか?

トランプ大統領の無法な行動や発言は、「強さ」でなく「弱さ」の表れ

 1番目の質問です。

 「ベネズエラやイランのことがあると、トランプ大統領やアメリカのことがとても怖いです。アメリカ言いなり、トランプ言いなりは良くないのはわかりますが、日本は全国に米軍基地があって米兵がいて、経済的にも頼っていて、どちらかというとアメリカ言いなり、トランプ言いなりでいた方がいいかなとも思ってしまうのですが、これは臆病でしょうか? 志位さんや日本共産党のみなさんはアメリカが怖くないのですか」

 志位 トランプ大統領の「石器時代に戻してやる」とか、「文明が滅ぶだろう」などの発言を聞くと怖いという気持ちは分かります。ただ、今日お話ししたように、世界の多くの国ぐにがトランプ大統領の無法を批判する声をあげています。NATOの国ぐにからも「グローバルサウス」と言われる国ぐにからも批判の声があがっています。日本でも国会前行動で3万人、アメリカでは800万人が抗議の声をあげている。トランプ大統領は怖い、何をされるか分からないと、みんなが黙っていたら、世界は、ジャングルのおきてが支配する弱肉強食の無法状態に落ち込んでしまいます。みんなが声をあげ、包囲していくということが大事だと思います。

 「怖い」ということについて一言いいますと、いまトランプ大統領が、無法な発言や行動を繰り返していることは、決して「強さ」の表れではありません。反対に、「弱さ」の表れなのです。無法なイラン攻撃にしても、トランプ大統領は、当初の「体制転換」というもくろみ――アメリカが圧倒的な軍事力で攻撃すれば、自分の言いなりになる政権に代わるだろうというもくろみがはずれ、軍事的にも行き詰まりを深めています。世界経済がいよいよ大変なことになってきて、八方ふさがりになりつつあります。そういうなかで、「石器時代に戻してやる」とか「文明が滅ぶだろう」とか言っているわけですが、ああいう発言はアメリカの「強さ」の表れではない。逆に「弱さ」の表れなんです。

 この戦争の帰趨(きすう)がどうなるかは分かりません。けれども一つだけはっきりしていることがある。それは、この戦争を通じて、これまではそれなりにあった国際社会でのアメリカの政治的・道義的信頼が、大きく傷つき、低下したということです。

 私たちは、昨年3月の会議で、トランプ大統領のアメリカについて、「アメリカ帝国主義の“落日”が始まった」と規定したんです。第2次世界大戦後を見ても、アメリカは、ベトナム侵略戦争やイラク侵略戦争など、国連憲章に反する無法な戦争をたくさんやってきました。けれども、それぞれについて、「国連憲章にもとづいて行動している」ということを、偽りの中身であっても強調したものでした。これまでアメリカという国は、軍事力だけで世界を支配してきたわけではありません。「法の支配」を守るということを、曲がりなりにも主張してきたのです。軍事力だけでなくて、そういうアメリカなりの政治的・道義的な力も加わって世界を抑えていたんです。

 ところが、トランプ大統領は、「私には国際法は必要ない」と公然と言い放つ。ここまで国際法をないがしろにしたことは、かつてなかったことです。それは「強い」ように見えるけれど、「弱さ」の表れなのです。アメリカなりの政治的な力、道義的な力がなくなってしまったら、世界から孤立を深め、その国際的な地位が大きく下がることは、明らかではないですか。だから怖くはない。世界の道理ある声を怖がっているのはトランプ大統領の側なのです。そういうように大きくとらえて、世界の民衆の力で、若いみなさんの力で、「戦争をやめろ」「平和をつくろう」という声をあげ、無法者を包囲していこうではありませんか。

当日のQ2 状況を良くするとは思えないのに軍拡に固執するのはどうして?

アメリカと財界からの圧力という二つの力が働いている--このゆがみをただす改革を

写真

(写真)志位和夫議長の話を聞く参加者=11日、党本部

 2番目の質問です。

 「お話を聞いて、日本が『抑止力、対処力』を強化し続けても、軍事的な緊張から抜け出すことはできないと思いました。日本政府もこの方向でいまの状況を改善する道を描いているように思えないんですが。それでも軍拡に固執するのはどうしてでしょうか」

 志位 先に展望がないのに軍拡に固執するのはどうしてという質問ですが、二つの大きな力が働いているということを言いたいと思います。

 一つは、アメリカからの圧力です。日本の軍事費を「GDP比2%」では足らない、3%に引き上げろと最初に号令をかけたのは、昨年3月、エルブリッジ・コルビー国防次官の発言でした。「軍事費で3・5%、関連経費を合わせて5%」との号令をかけたのは、トランプ大統領です。トランプ大統領のアメリカは、世界での覇権を確立するために、同盟国に最大の負担を求める方針なのです。その圧力に迎合している。アメリカからの圧力に従う。この力が働いています。

 もう一つは、財界の力だと思います。いまの日本経済の動きのなかで「経済の軍事化」ということがかなり大きな問題になってきています。たとえば大手の電機産業などでも、軍事に使うさまざまな素材をつくる、軍事への傾斜という事態が起こっています。重工業の大企業などでも、軍事への傾斜が強まっています。そういう「経済の軍事化」という動きのなかで、財界からも軍拡の圧力がかかる。ただ財界の中には、いろいろな流れがあって、そちらの方に行ったら日本の経済の先行きを考えても危ないという人も少なくない。いろいろな声がありますが、全体として、財界の力も働いています。

 こういう二つの力が働いて、展望が見えなくても大軍拡に走るということになっていると思います。ですから、いまの危険な流れを根本から断ち切ろうと思ったら、日本の政治のあり方そのものを、根本から変える必要があります。こんなアメリカ言いなりでいいのか、こんな財界中心でいいのかということを問いかけ、根っこのところから変えることが必要になってきます。

 この問題をさらに突き詰めて考えてみると、それにしても、どうして日本はこんなにアメリカ言いなりがひどいのかという疑問があるのではないでしょうか。これは、なかなか大きな疑問であって、いろいろな角度から考えてみることが必要ですが、私は、かつて『綱領教室』という講座をやったときに、日本が米国の事実上の従属国に組み込まれた敗戦後の時期に「アメリカ絶対のDNA」が刷り込まれた歴史があるという話をしたことがあります。

 1945年に日本が敗戦を迎えた後の7年間、日本はアメリカの「間接統治」のもとに置かれました。マッカーサーを頂点とするGHQ・占領軍司令部から、無数の指令が出され、それを日本側はそのまま「ポツダム勅令」「ポツダム政令」として執行していきました。たとえば、1948年7月、マッカーサーは公務員のストライキ権を剥奪する指示を、日本政府に対して発します。それを日本政府がそのまま遂行して、悪名高い「政令201号」が出され、公務員の団体交渉権とストライキ権の禁止が強行されました。こういう調子で、占領軍の指示には無条件に従わなくてはならない、アメリカの言うことは絶対だという「アメリカ絶対のDNA」が日本の支配層に刷り込まれていったのです。

 それでも、戦後の初めの時期の自民党というのは、日米安保条約と米軍駐留がずっと続くと思っていなかった。自民党が結党したさいの最初の綱領――1955年の綱領には「駐留軍の撤退に備える」という項目があります。つまり米軍はいつまでも日本に駐留しているわけではない。撤退する時がやってくる。それが当たり前と思っていた。私は、自民党の議員に、「あなた方の先輩はこんなこと言っていたんですよ」と55年の綱領の話をしますと、みんなびっくりします。そんなことは知らなかったと。

 ところが、自民党のなかで世代が変わる。戦争の経験をした人がいなくなってくる。政治家として物心がついたときには、日米安保条約と米軍基地が「牢固(ろうこ)」として存在していて、「日米同盟が絶対だ」という気分が、世代を経るごとにどんどん強まって、アメリカ言いなりが強まっていったということが言えると思います。そういうなかで、21世紀に入ると「日米同盟が外交の基軸」というフレーズが当たり前のように使われるようになっていった。敗戦直後に植え付けられた「アメリカ絶対のDNA」が、世代を経るに従って、だんだんひどくなったという感を強くします。マインドコントロールがきいてしまっているという状態で、そこから日本の政治を解放することが本当に大切です。

 こうした事態の根本にあるのは、日米安保条約という「アメリカ言いなり」のがんじがらめの構造をつくっている条約です。この条約を国民多数の合意で解消する。そして、それに代えて、日米友好条約を結ぶ。そういう本当に対等・平等の日米関係をつくるという展望をもって頑張りたいと思います。

当日のQ3 社会主義・共産主義と反戦平和の関係について、どういうことが言えますか?

「新しい社会の国際的なおきては平和であろう」(マルクス)

 3番目の質問です。

 「共産党が入閣しているスペイン政府の話がありましたが、民主社会主義を掲げるマムダニ・ニューヨーク市長も平和のために声を上げていると思います。社会主義、共産主義を掲げることと反戦平和の関係について、どういうことが言えますか」

 志位 私たちはいま、「戦争を止め、平和をつくろう」という運動を、社会主義・共産主義に賛成の人も反対の人も、そういうことは脇に置いて、まずこの緊急の一点でみんなで協力するという立場で頑張っています。

 そのうえで、私たちの目指す社会主義・共産主義と反戦平和の関係ですが、昨年の「学生オンラインゼミ」――『Q&A いま「資本論」がおもしろい』(「赤本」)のなかでもお話ししたのですが(「赤本」の146~149ページ)、私たちの大先輩のカール・マルクスは、人類が未来社会に進んだときの国際関係として、何よりも重要になるのは平和の問題だということを、さまざまな角度から語っています。

 たとえば、1870年、フランスとプロイセン――いまのドイツの一部――との間に戦争がおこったさいに、マルクスは、国際労働者協会・インタナショナルが発した世界への呼びかけを執筆します。この戦争は、まずフランスのボナパルト帝政が領土拡張の意図をもってドイツに攻め入ったわけですが、プロイセンの政府も「攻めかえしてフランス領内に侵入してやれ」と、どちらもよこしまな意図をもっており、実際の戦争もそういう流れで進行していきました。マルクスは、戦争のそうした性格を深く見抜いて、的確なイニシアチブを発揮していきます。

 このときにマルクスが、何よりも高く評価したのは、フランスとドイツの労働者が、たがいに平和と連帯のメッセージをとりかわしていることでした。彼は、そのことを、「歴史上に類例のない偉大な事実だ」と称賛して、つぎのようにのべています。

 「万国の労働者階級の同盟がついには戦争を絶滅するであろう」「新しい社会の国際的なおきては平和であろう」(古典選書『インタナショナル』148ページ)

 資本主義のもとで戦争をなくすことができるか。これは難しい問いです。国連憲章は、全体として「戦争のない世界」を構想していると思います。そこでは「武力による威嚇又は武力の行使」を厳しく禁止しています。同時に、憲章第51条で「個別的又は集団的自衛のための固有の権利」を認めているという問題があります。東南アジア諸国連合――ASEANのように、地域的には、戦争の心配のない国際関係をつくっている地域もあります。この間、タイとカンボジアの間で紛争が起こりましたが、ASEANとして努力して紛争を抑えています。

 私は、世界の人民のたたかいがつくりだした平和のルールを生かして、資本主義のもとでも、「戦争のない世界」に向けての最大限の努力が必要だと思います。とりわけ、核兵器の問題は、資本主義のもとでも、核戦争を阻止し、核兵器を廃絶することは可能だし、緊急の課題としてやり抜かなければなりません。

 同時に、「戦争のない世界」が地球的規模でたしかな現実となるためには、人類社会の大勢が、社会主義・共産主義に進むことが必要になるでしょう。すなわち未来社会に進んでこそ、「戦争を絶滅」すること――「戦争からの自由」がたしかな現実となるでしょう。そしてまた、いつの時代にも、平和をつくる力は、マルクスが「万国の労働者階級の同盟が」と強調したように、世界の諸国民の連帯にこそあります。

 アメリカのゾーラン・マムダニ・ニューヨーク市長の話が出ましたが、アメリカでも、民主的社会主義者――DSAのみなさんは、いまの戦争に反対しています。実は、私は、4~5月にかけてアメリカ・カナダを訪問する予定です。ニューヨークの国連本部で開催されるNPT(核不拡散条約)再検討会議に参加することとあわせて、DSAのみなさんとも交流をしてきたいと考えています。日本とアメリカの平和・進歩勢力が、太平洋をはさんで、平和の連帯を行うような道を開いていきたいと思っています。そうした国際連帯も含めて、資本主義のもとでも「戦争のない世界」を目指す最大の努力を行いつつ、その先の社会へと前進することができたら、「戦争を絶滅」し、「平和」がおきてとなるような国際関係を、間違いなくつくることができるという展望を持って頑張りたいと考えています。

 酒巻 ありがとうございます。

 志位 もう時間になってしまったので、質疑はここまででご了承ください。これだけたくさんの質問をいただいたので、それにこたえる企画を共産党としてやっていくことをお約束します。民青も民青でやることになるのではないかと思います。ありがとうございました。

 酒巻 以上で質疑応答は終わりになります。

最後に--戦争の心配のない世界をめざして--一人ひとりにできることは?

 小泉 それでは最後に、戦争の心配のない世界をめざして一人ひとりにできることは?ということで、今日の学習会をまとめていきたいと思います。

Q25 戦争への道を止め、平和をつくるために、私たち一人ひとりに何ができるでしょうか?

戦争か平和かの歴史的な分かれ道--民青への加盟、日本共産党への入党を訴えます

 小泉 25番目、最後の質問です。戦争への道を止め、平和をつくるために私たち一人ひとりに何ができるでしょうか?

 志位 まず一人ひとりが、どうすれば戦争が止められるか、平和がつくれるかを、考え、学び、事実と道理にもとづいてみきわめよう、そして声をあげようということを訴えたいと思います。黙って見過ごすことをせず、自分のこととして考え、行動しようということを呼びかけたい。

 そしてもう一つ、みんながバラバラでは平和はつくることはできません。力を合わせることが大切です。そのためには、どんな困難があっても、複雑な情勢であっても、揺るがないで、平和の立場を貫く確かな組織を大きくすることが必要です。

 私たち日本共産党は、今年で党をつくって104年になります。戦前、天皇絶対の専制政治の時代がありました。「戦争反対」と言っただけで捕まって、投獄されて、ひどい場合には拷問で命を落とした先輩もたくさんいます。『蟹工船』で有名な革命的作家の小林多喜二は、捕まったその日に、拷問で命を落としました。そうした迫害のなかでも、命がけで反戦平和を貫いた唯一の政党が日本共産党です。

 そして、民青同盟の前身の共産青年同盟は、今年で創立から103年になります。4月5日が創立記念日です。ちょうど103年になったところですが、共青と民青は、100年を超える歴史で、一筋に反戦平和のために若い力を発揮して闘い抜いてきた、日本で唯一の青年組織です。

 みなさん。日本が、戦争か平和かの歴史的な分かれ道に立っているいま、どうか民青同盟に加盟してください。日本共産党に入党してください。そして戦争への危険を止め、平和をつくるためにともに闘おうではありませんか。そのことを心から呼びかけまして、結びとします。ありがとうございました。

 小泉 志位さん、今日はありがとうございました。一人ひとりが、バラバラでなく、力を合わせて闘っていくということで、民青同盟の仲間も増やし、青年との共同も広げていきたいと思います。とくに5月31日には若者憲法集会・デモがあるので、そこに向けて青年との共同を広げていきたいです。

 今日の学習会は、青年の中に対話と学習を広げていくための大きな力になるものでした。私たち自身がよく学び、活用していきたいと思います。あらためて今日はありがとうございました。みなさん、熱い拍手をお願いします。(大きな拍手)