スマートフォンのロックを解除し、個人情報を抜き取る機器を、防衛省が7月末にもイスラエル企業から納入する予定であることが分かりました。同機器を開発したのは同国の軍・情報機関出身者が経営陣を務める企業。同国によるパレスチナ・ガザ地区でのジェノサイド(集団殺害)や、各国政府によるデモ参加者やジャーナリストの監視・抑圧に利用されています。専門家からは自衛隊による市民監視に利用される危険があると懸念があがっています。(石橋さくら、斎藤和紀)
同意がなくても
同省が導入するのは通信機器メーカー、サン電子(本社・名古屋市)の関連会社で、イスラエルにあるセレブライト社の「Inseyets(インサイエッツ)」です。契約金額は約2900万円、契約相手はサン電子です。インサイエッツをダウンロードしたパソコンを携帯電話につなぐことで通話履歴、電話帳、メール、写真、動画、位置情報など全てのデータを抽出でき、削除されたデータも復元できます。特徴はパスワードロックを解除でき、本人の同意がなくてもデータを抜き取れること。収集した大量のデータを自動でリポートにまとめる機能もあります。
セレブライト社はイスラエルの元軍人や元情報機関のメンバーが経営陣に入り、各国の捜査当局や軍と取引しています。国際人権団体や海外メディアによると、同社製品はイスラエルや中国、ミャンマー、ロシア、セルビアなどで人権活動家やジャーナリストの監視に使われています。同社に対し、人権侵害を防ぐ措置を講じるべきだと指摘しています。
本紙の取材に対し、防衛省は使用目的について、自衛隊内の秩序維持や犯罪捜査をする「警務隊」が「捜査において主に被疑者のスマートフォンに記録された情報を収集する用途で使用する」と説明しました。
市民監視の恐れ
しかし、陸上自衛隊情報保全隊による国民監視差し止め裁判を担当した小野寺義象(よしかた)弁護士は「スマートフォン解析システムを『警務隊の捜査』を名目に導入した後、市民監視に利用される恐れがある」と指摘します。同裁判では、自衛隊が2004年にイラクへの自衛隊派兵に反対する広範な市民を「反自衛隊活動」として監視し、個人名や交友関係など詳細な内部文書を作成していた実態が明らかになりました。
小野寺氏は「戦争は軍事力だけでなく、国民の管理・統制が重要なので、反戦デモをはじめ広範な市民を監視対象にする。当時は、私服の隊員がカメラで盗撮するなどアナログな手法だったが、本人の同意なくスマートフォンを解析する技術が利用されれば、市民監視が大規模に広がりプライバシー侵害が深刻化する恐れがある。強大な実力を持つ自衛隊に与えるべきではない」と述べました。
イスラエル製情報抽出機器の導入 ジェノサイドに加担
サン電子の資料によると、インサイエッツは従来型の「UFED」の改良版で、「過去最大のデータ抽出量」が特徴。米アップル社の「アイフォーン」やグーグル社の「アンドロイド」機種など1万2000種以上の携帯電話からデータを抽出できます。
防衛省は「捜査において裁判所の令状による差し押さえなど、所定の手続きに従い、使用する」と説明しています。小野寺氏は「本来、捜索や差し押さえは、刑事事件と関係したものしかできないはずだが、関係ない情報まで収集した場合はどうするのか。自衛隊や警察が一度取得した情報を、自発的に消去することは考えられないので、法的規制なしに導入するのは極めて問題だ」と指摘しました。また、入札情報などによると、警察庁や東京税関などもインサイエッツを導入しています。
弾圧に使用多数
「イスラエルの最高情報機関の元メンバーで構成される研究グループに支えられている」。セレブライト社の公式サイトは、イスラエル情報機関とのつながりを売りにしています。同国の代表的な情報機関にはモサドや8200部隊があり、いずれもパレスチナ・ガザ地区での住民虐殺に関与しています。
セレブライト社は本紙の取材に「弊社の製品がジェノサイドや市民運動の弾圧に使用されているとの主張を断固否定する。弊社の技術は、もっぱら合法的な捜査目的に使用されるためのものだ」と回答しました。
しかし、セレブライトのシステムが世界中の政府によって市民の迫害や弾圧に使用された実態が海外メディアなどによって多数報告されています。カタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」は、イスラエルがガザ地区やヨルダン川西岸地区で大規模な監視システムをしき、住民のあらゆる個人情報を収集していると報告。イスラエルが住民を誘拐などで捕らえたうえでスマートフォンを押収し、セレブライトのシステムを使って個人情報を抜き取っていると指摘しています。
また、米非営利調査メディア「ドロップ・サイト」は、ミャンマー政府によるイスラム系ロヒンギャ住民の殺害事件を取材したロイター通信の記者2人が当局に不当に逮捕され、2018年に国家機密法違反で有罪になった事件で、ミャンマー政府がセレブライト社の装置で記者のスマホから個人情報を抽出したと告発しました。
さらに、19年に香港で起きた大規模な反政府デモに参加した活動家や市民数千人を香港警察が拘束してスマホを押収し、同社の装置を用いて個人情報を抜き出していたと告発。批判を受けて同社は、20年に中国・香港政府への提供を中止したと発表しました。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは24年の報告書で、セルビア警察が取り調べ中、ジャーナリストの携帯電話に本人の同意なく同社製品を使って侵入し、マイクやカメラの遠隔起動や位置情報を送信できるソフトウェア「Novispy(ノビスパイ)」を仕込んでいたことが、独自のデータ解析で判明したと明らかにしました。
導入許されない
「武器取引反対ネットワーク」(NAJAT)の杉原浩司代表は自衛隊の警務隊が「イスラエルの虐殺や抑圧によって作られた装置を導入すること自体、イスラエルのジェノサイドへの加担であり国際法違反だ」と批判。さらに、「『スパイ防止法案』や『国家情報会議創設法案』など情報機関が肥大化しようとする中で、市民監視に使われかねない装置を導入するのは許されない」と訴えました。

