(写真)労政審会場前で「労働時間の規制緩和はやめろ」とコールする雇用共同アクションの参加者=2025年12月24日、東京・新橋駅前
高市早苗首相が施政方針演説で、「働く方々のお声を踏まえ」として、裁量労働制の見直しにむけた検討を表明しました。これまでの「労働時間規制の緩和」から踏み込んだものです。しかし、高市首相の発言には、事実を覆い隠す内容が―。その内容を検証します。(行沢寛史)
労働者の要求?
求めているのは経団連
高市首相は施政方針演説で、裁量労働制見直しの理由として、「働き方改革の総点検においてお聞きした働く方々のお声」をあげ、あたかも労働者の要求であるかのように語りました。
「働き方改革の総点検」は「働き方改革」関連法施行後5年の総点検として昨年10~12月、労働者アンケート、企業ヒアリングを実施したものです。
5日公表された結果によると、「労働時間を増やしたい」はわずか10・5%。「このままで良い」59・5%、「減らしたい」30・0%です。「増やしたい」の理由(複数回答)で最多は「たくさん稼ぎたいから」の41・6%で、「残業代がないと家計が厳しいから」15・6%と、収入に関わるものが6割近くに達し、「自分のペースで仕事をしたいから」は19・7%です。労働者に対する裁量労働制の質問項目はなく、労働者ヒアリング調査で、肯定的な意見が一つ紹介されているだけです。この結果から、なぜ「働く方々のお声」として裁量労働制の見直しにつながるのか不明です。
こうした労働者の意識とは別に、一貫して見直し・対象拡大を求め続けてきたのが経団連です。昨年10月の労働政策審議会(厚生労働相の諮問機関)の分科会で、経団連の委員は「裁量労働制の対象業務見直しの検討を進めてほしい」と要求。経団連の春闘指針である「経営労働政策特別委員会報告2026年版」でも、「裁量労働制の拡充は喫緊の最重要課題」と位置づけました。
「経労委報告」も、労働者から「もっと働きたい」との声があるかのように描いています。しかし、その根拠として「経労委報告」が示す厚労省「労働時間制度等に関するアンケート調査結果」(24年)でも、「働き方改革の総点検」とほぼ同様の調査結果となっています。
全労連も連合も、裁量労働制の対象拡大に反対しています。高市首相がいう「働く方々のお声」など、事実をごまかす妄言です。
心身の健康守られる?
長時間労働の傾向顕著
高市首相は2月26日、参院本会議で日本共産党の小池晃書記局長の代表質問に対する答弁で、「心身の健康維持を前提」に裁量労働制見直しの議論を進めると語りました。しかし、裁量労働制の対象を拡大しても「心身の健康維持」はできるのでしょうか。
表の通り、厚労省「裁量労働制実態調査」(21年発表)では、適用労働者の平均労働時間は非適用労働者より長い。とくに企画業務型適用労働者の1日の平均労働時間は9時間15分と長時間労働が顕著です。
とりわけ深刻なのは、過労死ラインである月80時間の残業時間を超える労働者の割合が裁量労働制適用労働者の方が高いことです。「裁量労働制実態調査」によると、週の労働時間60時間(法定労働40時間+残業20時間)以上の労働者は、非適用労働者5・4%に対し、適用労働者9・3%です。
18年に安倍晋三内閣が提出した「働き方改革」関連法案では、「健康確保を前提」に裁量労働制を営業職に拡大することが狙われました。しかし、裁量労働制の方が労働時間が短いとするデータがねつ造だったことが発覚、法案から削除されました。一方、関連法では残業時間の上限として、過労死ラインの1カ月100時間未満、2~6カ月平均で80時間以内という上限が設定されました。
しかし、過労死・過労自殺等は20年度の802件から24年の1304件へと増加しています(脳・心臓疾患と精神障害の合計。厚生労働省「過労死等の労災補償状況」)。裁量労働制適用労働者も、過労死・過労自殺(未遂含む)等の認定は後を絶ちません。
今回、経団連が狙う裁量労働制の拡大は、「企業と過半数労働組合など労使で対象業務を決定できる仕組みの創設」(「経労委報告」)です。現行労働基準法で裁量労働制の対象を拡大するには法改定が必要ですが、経団連の狙いは、法改定せずとも企業の要求で適用対象を拡大できるという労基法の大改悪です。これは現在も指摘される違法な適用を合法化し、あらゆる職場・職種に拡大できるようにするものです。
過労死根絶・健康維持の最大の要が長時間労働の是正であるにもかかわらず、「心身の健康維持を前提」に長時間労働を助長するなど論外です。
経済発展につながる?
収入低下でむしろ停滞
高市首相が施政方針演説で、裁量労働制見直しを表明した際、「とにかく成長のスイッチを押しまくっていく」と締めました。裁量労働制見直しは経済発展につながるのでしょうか。
高市首相の経済政策は、企業がもうけをあげれば、やがて労働者の賃金にまわるという「アベノミクス」で破綻済みのトリクルダウン論です。日本経済の停滞の原因は、大企業が巨大なもうけをあげても、物価上昇を上回る賃上げが実現せずに実質賃金のマイナスが続いているからです。
そこに、「みなし時間」を超えて働いた分の残業代は支払わなくてもいい裁量労働制の適用労働者が拡大すれば、労働者の収入は低下し、日本経済はさらに停滞します。
ここにあるのは、もはやトリクルダウン論も投げ捨て、企業のもうけのためにさらなる長時間労働と低賃金を押し付ける、むき出しの大企業優遇です。
高市首相が「成長のスイッチを押す」というのなら、やるべきは最低賃金の早期引き上げにむけて金額・期限を示した政府目標を掲げて、中小企業賃上げへの直接支援を行うこと、内閣の権限で決定できる割増率を現行の時間外労働25%、休日労働35%から引き上げることです。
裁量労働制 あらかじめ労使協定などで決定された時間だけ働いたとみなし、「みなし時間」を超えた分の残業代は支払わない制度。1日8時間働いたとみなすことで、8時間を超えて働いた分の残業代は支払われず、「定額働かせ放題」と批判されています。専門業務型と企画業務型があり、適用できる業務は法令で定められています。

