(写真)『いまこそマルクス』
日本共産党の志位和夫議長とマルチェロ・ムスト教授(カナダ・ヨーク大学)による「しんぶん赤旗」(1月1日付)新春対談「いまこそマルクス」は注目を集め、「目からウロコの議論の展開にワクワクしながら読み切った」「党の理論と実践が世界に通用するもので、目が開かされた」など大きな反響を呼んでいます。この対談は小冊子として党出版局より2月初めに発行され、早くも1万部普及されています。
私は、この対談の準備に加わり対談を傍聴し、その後の志位議長が催した夕食会に同席するなど現場で二人の会話や息遣いに接する機会を得ました。まず、二人の出会いの意味について述べておきたいと思います。
絶妙のタイミングでの出会い
二人は初対面でした。ムスト氏にとって4回目の訪日にして、日本共産党との初めての接触でした。私たちにとって、党リーダーが海外の研究者と、マルクスの『資本論』を中心に、社会主義・共産主義についてのマルクスの理論に焦点をあてて、長時間にわたる対談を行ったことは初めてでした。
志位議長は、先の第29回党大会が課した社会主義・共産主義の新たな踏み込みの探究の実践として、この2年間に『Q&A 共産主義と自由―「資本論」を導きに』、『Q&A いま「資本論」がおもしろい―マルクスとともに現代と未来を科学する』、『自由な時間と「資本論」―マルクスから学ぶ』(順に「青本」「赤本」「緑本」と略称。新日本出版社)を刊行してきました。これは何よりも日本における社会進歩の前進という政治的な要請からのとりくみですが、事柄の性格上、アカデミックな理論研究ともなっています。2024年、ベルリンで行ったローザ・ルクセンブルク財団との「共産主義と自由」についての理論交流での報告などを経て、国際的な理論交流を念頭に著作の英訳が作成されており、この対談のベースとなりました。
ムスト氏は、出身地のナポリ(イタリア)で高等教育を終え、フランスやドイツでマルクス理論の研究を続け、14年より任地のカナダを拠点に、北米、欧州、中南米、アジアで幅広く活躍しています。マルクス研究者として国際的に知られ、本人の理論的貢献に加え、集団的な理論活動とその出版をとりまとめる中心の一人となっています。世界の理論研究状況と社会進歩の運動を鳥瞰(ちょうかん)できる位置にいる研究者です。15冊の著書のうち、3冊(注)は日本で出版されています。
志位氏は、ムスト氏の著作を精読し英語の論文にも目を通しました。ムスト氏も志位氏の著作(「赤本」「青本」「緑本」)を読み、日本共産党の歴史も読んで臨んでいました。
こうして迎えた対談は、この分野での最新の国際的な到達点をお互いにその場で確かめ深めながら共通した理解、接近した認識を確認する機会となったのです。小冊子の対談は流れも内容も実際に行われたままです。お互いに初めての知見に接した場面、それに続く展開、互いの認識を深める模様は、この対談の醍醐味(だいごみ)です。よく準備した二人が絶妙なタイミングで出会った成果が示されています。
注=『マルクス・リバイバル』(地平社)、『万国の労働者、団結せよ! マルクスと第一インターナショナルの闘い』(大月書店)、『アナザー・マルクス』(堀之内出版)
マルクス・ブームをどうみるか
二人はまず、今日のマルクスの復活、マルクス・ブームについて話を始めます。志位氏は、ムスト氏の「マルクスの真の思想が今日ほどタイムリーで尊敬を呼ぶ時代はなかった」という認識に関連して、米国、欧州の状況を質問します。それにたいして、ソ連崩壊(1991年)後から20年間、「マルクスは死んだ」という否定・沈黙の時期を経ながら、リーマン・ショック(08年)という経済恐慌を契機に、誰もその危機の原因を明らかにできないもとで、マルクスに再び関心が集まっているとの認識を披歴します。
マルクス・ブームの背景について議論するなかで、志位氏は、(1)世界の資本主義の矛盾の深まりに誰もが処方箋が出せないもとでのマルクス再発見となった、(2)ソ連が歪曲(わいきょく)、抹殺してきた未来社会論を含めたマルクス・エンゲルスの理論がソ連の崩壊により自由になった、(3)新しい『マルクス・エンゲルス全集』(『新メガ』)の刊行によって、『資本論草稿集』をはじめマルクス・エンゲルスのすべての文書を読み、思想全体を把握する新しい可能性が生まれた―の3点を挙げています。ムスト氏は、『新メガ』編集委員の一人です。新たに利用可能となった資料を活用して、マルクスの真実の像を描いた著作『アナザー・マルクス』を世に出しています。
二人は、マルクス・ブームは、偶然でも、一時のものではないと一致して指摘します。
ソ連崩壊と党の生存権
志位氏は、ソ連の崩壊に関連して、スターリンをはじめその後のソ連指導部による日本共産党への干渉があり、それとたたかい、自主独立を貫いてきた党の経験を語り、そのなかで科学的社会主義の理論を独自に発展させる努力をすすめてきたこと、ソ連の崩壊を歓迎したこと、その理由を述べました。
これについて、ムスト氏は、マルクス主義における自主独立の確立でソ連の崩壊に対処できたと切り出し、「この自主独立性は、政党としての生存権だ」と指摘したのです。覇権主義と生死をかけた党のたたかいは、当時必ずしも広く理解されるものではなかっただけに、欧州の政治文化を背景にもつムスト氏が「党の生存権」という言葉で、党の自主独立を守ったと評価したことに感慨ひとしおでした。
ムスト氏はソ連の崩壊について、社会主義とは無縁の専制主義、覇権主義であったとの志位氏の立場に基本的に同意しつつ、自分にとっての本質的な問題として「その終焉(しゅうえん)を支持すべきなのか、あるいはそれを守り、改革すべきなのか」について提起しました。理論上は理解したうえでの現実からのアプローチであり、そこに欧州でよく議論されていた見方を垣間見た思いがしました。
共産主義の基本原理と展望をどうとらえるか
最後に、マルクスの未来社会論の基本原理についての議論となり、佳境に入ります。二人は、共産主義の基本原理が「各個人の完全で自由な発展」にあること、それに達する鍵は、すべての人間が「自由に処分できる時間」を持つことで一致します。
お互いに、どのようにそこにたどりついたかを確かめあい、『資本論草稿集』を読み解き、それぞれそこに着目した論文を書いていたことを確認するのです。ここで、ムスト氏から「古くからの友人が初めてここで会った」と印象深い言葉が飛び出し、対談のフォルテシモ(圧巻)という感をもちました。
さらに、二人は「『自由な時間』こそが富であり、社会主義はここから始まる」と強調し、理論的発見というだけでなく、政治的な認識であり、労働時間の短縮という課題の重要性に至るのです。対談でも強調された理論と実践の統一につながります。志位氏は、「労働時間短縮のたたかいは未来社会へと地つづきでつながっている」と結びました。
経歴も理論的アプローチも異なる二人が、共産主義についての共通理解を確認しあったのでした。党の理論とこの間のその新しい到達点が国際的に通用するだけでなく、響きあったのです。
終盤に、ムスト氏が「この多岐にわたる対談を短時間で誰がまとめるのか」といたずらっぽく質問しました。私も同感でしたが、正確に忠実にまとめられ、元日号に掲載されました。「青本」「赤本」を学習するうえでも、視野広く楽しく読める異色でユニークな対談の小冊子をぜひお手に取られるようお勧めします。
マルクスを読む国際的ムーブメント
対談から5週間後、ムスト氏が離日する直前に、二人は再会しました。志位氏が「しんぶん赤旗」に寄せられた多数の感想を紹介すると、ムスト氏は対談について、25カ国、200人以上にソーシャルメディアで発信したと述べ、国際的に影響力のある学者たちが共産主義と自由などに注目し前向きに反応したことに自分も驚いていると語りました。
こうして二人は、広がりのある豊かな対談の反応を共有し、重要な意義をもったことを再確認し合ったのでした。政治リーダーと研究者と立場が違っても、志を同じくする文字通り同志として尊敬し合う関係が深まりました。
この小冊子を手渡す時に、部数を伝えると、ムスト氏は、その多さと出版の迅速さに驚き、また、「青本」、「赤本」の部数、それぞれ6万部、8万部は、彼が関係する出版物の部数と比べ0が一つ以上多いとのことでした。さらに、党内で支部が取り組んでいる学習運動の規模についても、こうしたとりくみをしている政党は世界で見ないと述べていました。
二人は再会を約束し、マルクスを読む国際的ムーブメントをおこしていくための今後の協力を誓いあったのでした。(党副委員長・国際委員会責任者)

