自民党の井上信治幹事長代理が15日のNHK「日曜討論」で「国論を二分する政策」について「憲法改正などがその典型だ」と発言し、批判を集めています。
発言は、憲法の根本を全く理解しない傲慢(ごうまん)な権力者の姿勢を示すものです。国の基本秩序を定める憲法の改正を「国論を二分する」形で行えば、国民と社会が分断され重大な社会的政治的混乱をひき起こすことは明らかです。
憲法改正は国民主権の表れとして行われるもので、国民の間での十分な合意の成熟が必要であることはあまりにも当然です。権力者が「多数」をたのみに憲法改正を持ち出すこと自体が立憲主義にも国民主権にも反するものだと、まず厳しく指摘しておきます。
■国民は求めていない
日本国憲法96条は改憲手続きについて、衆参各院で総議員の3分の2以上の特別多数決で改憲の発議を行い、国民投票における過半数の賛成を必要とすると定めます。
このように憲法改正は国会の発議と国民投票からなりますが、改正に国民投票を必要とするとしているのはなぜか。憲法は国の在り方の根本を定める法であり、その改定には主権者である国民の直接の関与が必要だからです。改憲の国民投票は「国民主権」の直接の表れとされています。
また、国会による改憲発議は憲法改正の内容について決定し国民に提案するもの。国民投票は発議に対しイエスかノーかだけを決めるもので、発議は非常に重要な位置にあります。憲法は、改憲発議のイニシアチブを国会に与える一方で、発議が憲法改正案の内容の決定であるからこそ、通常の法律と異なる単純多数決以上の3分の2という重い要件を課しています。そこには国民の意見をよく反映するようにという国民主権が表れています。
こうして改憲発議にあたっては、主権者である国民の世論動向をよく見て、改憲の論点やその内容について、国民的な議論と合意の形成・成熟を前提に行われることが当然に予定されています。「国論を二分する改憲発議」など本来あり得ないことです。
では「国論を二分する改憲」などという逆立ちした議論がなぜ出てくるのか。それは改憲を「党是」とする自民党はじめ改憲勢力が狙う改憲、とりわけ9条改憲が、国民の中から出てきているものではなく、権力者の側から持ち出された改憲論だからです。
総選挙後の世論調査(「朝日」14、15日実施)でも総選挙で圧勝した高市政権に「力を入れてほしい政策」は何かを尋ねたところ、最も多かったのは「物価高対策」51%で、「憲法改正」は5%にすぎません。また「賛成、反対の意見が分かれている政策」について「積極的に進める方が良いか」「慎重に進める方が良いか」については「慎重に」が63%、「積極的に」が30%でした。そもそも自民党が獲得した316議席も36%の得票で7割の議席を得たもので、小選挙区制のゆがみによる虚構の多数です。
■権力を縛るからこそ
この問題を考えるもう一つの基本的視点は、憲法が多数決によっても奪えない価値―国民の自由を守り、権力を制限する法だということです。
憲法改正に3分の2の特別多数による改憲発議と国民投票が要求されるのは、通常の法律と同じ要件で憲法が変えられるとしたら、憲法の拘束力が弱くなってしまうからです。国民の自由や少数者の人権が時の多数者の意思で侵害されないようにする立憲主義の思想です。
そうだとすれば「国論を二分する」ような問題を国民投票にかけ、たとえわずかな差でも賛成多数であれば憲法を変えて良いとすることには大きな問題があります。たまたま国会で多数議席を得て発議の形式的要件を充たすというだけで「国論を二分する改憲」もできるなら、少数者の人権を否定し、外国人の排除を可能とするような改憲発議も可能となります。そんな改憲は許されません。
憲法前文は、国民主権と民主主義、自由主義、平和主義の理想を示し「人類普遍の原理」としたうえで「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」と規定。「これに反する憲法」を排除するというのは憲法改正にも限界があることを示したものです。
■9条は憲法の“中軸”
(写真)「憲法改悪STOP」「戦争への道を止めよう」とアピールする人たち=19日、衆院第2議員会館前
高市自民党が目指す改憲の焦点は9条です。9条改憲が「国論を二分する」議論となってきたのは、権力者による9条改憲の企てが続いてきたからです。その最大の原動力は米国の圧力を背景にした日米同盟強化の動きです。その対極には9条改憲と破壊を許さない市民の連綿とした運動があります。現在の9条改憲は、同2項を削除もしくは空洞化して無制限の集団的自衛権、海外での武力行使を目指すものです。
米国や日本の権力者にとって、9条は軍事政策の障害でしかありません。
しかし憲法9条は、日本国憲法のなかで中核的な位置づけを持つ重要な価値です。それは、戦前の日本の侵略戦争への反省の証しとして一切の戦力と軍事的価値を放棄する/戦争は人権の最大の敵と位置づけ軍事を否定することで国民の自由の確保の基礎とする/軍事を否定し軍事費の負担をなくすことは25条と一体で国民の生存権保障を充実する/地方自治制度による中央集権の排除と一体に平和を確保する―9条は、平和を根本的基調として全体が有機的に結びつく日本国憲法の中軸という位置づけをもっています。近代立憲主義が「国家の自衛権」を前提にしてきたのに対し、一切の軍事的価値を否定し、国家の主権を制限した9条2項には立憲主義の現代的発展があります。「国論を二分する」ような状況で、9条を変えるというのはあまりにも乱暴な議論です。
重大なことは、9条改憲を推進する勢力が、戦前の侵略戦争への反省を投げ捨てこれを「正義の戦争」と正当化していることです。9条改憲論が「国論を二分する」のは重大な歴史の逆行だからです。歴史の検証に耐え得ない無謀かつ乱暴な改憲論を許すわけにはいきません。

