スケルトン男子で失格となった、ウクライナのウラジスラフ・ヘラスケビッチ選手の行動からは多くのことを考えさせられます。
同選手は、ロシアによる侵略で命を落とした選手の写真をあしらったヘルメットで競技しようとしていました。国際オリンピック委員会(IOC)は、この行為を五輪憲章違反だとして12日、大会の選手資格をはく奪しました。
「いまこの五輪を開催できているのは、まさに(亡くなった選手の)犠牲があるから。IOCがこれらの選手の記憶を裏切ろうとしても、私は裏切らない」と、同選手は追悼の思いを曲げませんでした。失格後、チームの仲間は抱き合い、涙を流したそうです。
五輪憲章50条では、競技会場での選手による政治的な宣伝や抗議を禁じています。しかし、同選手の行為はこれに当たらないと、IOCのコベントリー会長は認めています。「われわれは政治的なメッセージとはみなしていない」とし、「記憶を呼び覚ます力強いメッセージだ」と答えています。
政治的ではないものが、なぜ許されないのか。
「場」への制限
それを同会長は「メッセージの内容の問題ではなく、文字通りルールと規則の問題だ」と説明します。
これは、2023年に五輪憲章40条に明記された「選手の表現の自由」と、それらに関するガイドラインなどと思われます。ここでは選手の五輪の普遍的な価値のアピールを試合前や会見で認めています。
同時に「場」の制限を明記し、表彰式や競技中、選手村で禁じています。ルールとはこのことで「競技の場」では一切の表現が認められないというわけです。
これらを考える上で重要なのは、選手の表現の自由が拡大された経緯です。
きっかけは選手の要求でした。20年にIOCアスリート委員会が出した「規則50に関するガイドライン」に端を発します。当初、このガイドラインは五輪の厳粛さや規律的行動が打ち出され、選手の意見表明は限定的でした。当時、米国から世界に広がった「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」運動の象徴だった片膝をつくポーズも「政治的なジェスチャー」と禁止していました。
これに欧米の選手が反発します。米国、豪州、カナダなどのアスリート委員会が、表現の自由を制限すべきでないと、世界人権宣言も示し主張。表現の「場」の拡大も要望しています。その結果、最終的に膝つきポーズが認められ、40条に「選手の表現の自由」が記されました。
1968年メキシコ五輪の表彰式で、米国のトミー・スミス選手らは、黒手袋のこぶしを突き上げ人種差別に抗議して五輪追放になりました。しかし、2019年以降、米国や世界陸連で名誉回復がされています。現実に「表彰台」の抗議も評価が変わっています。表現には「場」が必要だからです。
前進の契機に
平穏で五輪の価値を前にすすめるこうした表現をどうするか―。今後、議論が起こる可能性があります。すでに「IOCは彼に謝罪すべきだ。これは間違った決定だ」などの選手らの声が上がっています。
選手の権利の拡大は選手自身が声を上げてきたからです。今回、ヘラスケビッチ選手が失格となったのは痛恨の出来事です。しかし、このヘルメットが、選手の自由を拡大し、五輪運動を前にすすめた―。そう評価される日がきっとくると思えてなりません。(和泉民郎)

