日本共産党の志位和夫議長が16日、次期衆院選への不出馬を表明した記者会見(国会内)での、記者との一問一答(大要)は次の通りです。
自民党の政治的劣化が進み、かつては持っていた活力を今では失った
(写真)記者会見する志位和夫議長=16日、国会内
記者 33年間を振り返って、印象に残っている質疑や総理の名前や思い出をお話しください。
志位 33年間を振り返りますと、率直に言って、自民党の政治的劣化が一歩一歩進んだ、かつては持っていた活力を今では失ったという感を強くしています。
1990年代は橋本龍太郎首相との論戦が、たいへんに思い出深いものです。橋本さんは、当時、新人議員だった私のどんな質問に対しても、官僚に任せず、自分で答弁に立って、正面から答えてきました。私も、あのころは若くて、ちょっと強引な質問もやりましたが、どんな質問に対してもちゃんとかみ合わせて答弁した。終わった後に、「きょうは志位さんにボコボコにやられちゃったね」と言って、笑顔で握手をするなど、政治的立場は違いますが、爽やかさを感じました。自民党なりの活力を感じ、論戦が一番面白かったのは90年代です。
2000年代に入ると、小泉純一郎首相との論戦を思い出します。小泉さんはワンフレーズできますから、かみ合った議論にはなかなか難しいものがあった。徹底した弱肉強食の新自由主義、イラクへの自衛隊派兵を強行しました。これらを厳しく批判し、正面からやり合いました。
それでも02年に日朝平壌宣言が発出された。これは、戦後の日本外交史でも金字塔と言っていい素晴らしい成果だと思います。そこで宣言が発出された後の党首会談で、私は、「日朝平壌宣言を全面的に支持します、日本共産党は協力を惜しみません」と表明しました。その後、この宣言を具体化するためにいくつか提案を持っていくと、小泉総理が「ありがとう」と頭の上まで持ち上げ、正面から受け止めたものでした。立場は全く違いますが、一致点についてはこだわりなく意見を聞くというところもありました。
小泉さんが引退した後、お互いクラシックファンだったものですから、音楽之友社で音楽対談をやったことは楽しい思い出です。
2010年代で思い出深いのは、やはり安倍晋三首相との論戦です。安倍さんとはあらゆる面で立場が対立しました。安倍さんは私の主張をずいぶん研究して攻めてくる、私も攻め返すという、真剣なやりとりをやった場面もありました。ただ、全体として、冷静で論理的な議論がいよいよできなくなってきたと感じました。
特に15年の、集団的自衛権行使容認の安保法制の強行は、日本の政治の戦後最大の汚点だと、私たちは強く批判しました。憲法9条のもとでは集団的自衛権の行使はできないという長年にわたる政府の憲法解釈を一夜にしてひっくり返した。つまり、憲法という国の土台でモラルハザードを起こしたんです。そのことが、森友・加計疑惑、「桜を見る会」などのスキャンダル、政治のモラルハザードにつながった。そして、これは今日につながっています。
全体として、1990年代までは感じた自民党なりの活力を今や失っているのではないか、一歩一歩政治の劣化が進んだ33年ではないかという感を強くします。その象徴が、今度の高市政権による解散・総選挙だと思います。(メディアの)みなさんが共通して「大義がない」「党利党略だ」と評価されています。私もその通りだと思います。
ここまで大義がない党略的な解散というのは、なかなか他に類を見ないものの一つではないか。選挙の日程も、2月8日投票ということになってくると、解散から投票日まで史上最短の16日間ということになる。過去を調べてみますと、岸田政権の場合の解散は17日間、石破政権の場合は18日間でした。3回連続で超短期の解散・総選挙なんです。つまり、国の進路をめぐって正々堂々と議論を尽くして、国民の前に争点を明らかにして審判を下すという、そういう正々堂々の論戦に耐えられないところまで、自民党の劣化が進んだというのが今の状況ではないでしょうか。
そういう行き詰まりがなぜ起こっているのか。戦後長らく自民党がとってきた「財界中心」「アメリカいいなり」という政治システムがいよいよ立ち行かなくなるところまで、矛盾が深刻化している。それが根っこにあると思います。ですから、この根本のところから日本の政治を変える時がやってきたと、そういうつもりで今度の総選挙に立ち向かって、日本共産党の躍進で、その道を開いていきたい。
国会議員団の世代交代を自覚的に進めることの大切さ
記者 今回、立候補しないという判断は世代交代と受け止めていいでしょうか。
志位 一番の理由は、24年1月の党大会で党の委員長を交代して、国政の代表者は田村智子委員長だと確認したことです。私は、党の議長として全体に責任を負っているわけですが、国政の代表者は田村委員長だと確認した以上、国会議員は次の方にバトンタッチをするのが当たり前と考えました。
年齢のことも考えました。私は今71歳ですが、かりに今度立候補して、任期満了までやった場合は75歳になりますから。もちろん日本共産党は画一的な定年制を決めている党ではありません。出処進退はそれぞれの方の判断を尊重して対応することにしています。私のケースが基準になるわけではありません。
選挙区の場合には、たとえば沖縄1区のように赤嶺政賢さんは、かけがえのない政治家で、勝とうと思ったら赤嶺さんに頑張っていただくことが必要ですし、ご本人もそういう決意に燃えて立候補することは、選挙区の場合は一定の年齢になってもあり得ると思います。比例の場合は、世代交代を自覚的にやらないと、だんだんと全体の年齢が高くなっていくということもあります。そのことも考慮して、今度の判断をしました。
行き詰まりの根っこにある「財界・アメリカ中心の政治」を正面から問う
記者 党員の減少や高齢化、比例票の減少といった状況について。党勢の今後に向けての課題は?
志位 今の政治状況の中で、日本共産党の果たしているかけがえのない役割を大いに訴えていきたいと思っています。さきほど自民党政治の行き詰まりということを申しましたが、根っこに「財界・アメリカ中心の政治」という問題があります。そこに本当に切り込んで、国民のみなさんが希望と安心を持てるような社会をつくる。この仕事は日本共産党ならではの仕事になると思うんです。
経済の問題で言うと、大株主と大企業を応援する政治から、国民の生活第一の政治への切り替えが必要です。たとえば、株価をつり上げるために、企業が黒字でもリストラをやって労働者の首をどんどん切っていく。中小企業をどんどん切り捨てていく。こういう、株主至上主義が広がっています。そうしたゆがみをただすには、今の財界中心の政治に切り込まないとできません。
外交で言うと、これまでもアメリカの政権はベトナムやイラクへの侵略戦争など、国連憲章を無視した先制攻撃の戦争を繰り返してきたわけですが、それでも「国連憲章は守る」、「法の支配」ということを、一応の建前にしてきたわけです。ところがトランプ政権は、その建前すらも投げ捨てて、ベネズエラであのような乱暴なことをやる。グリーンランドもよこせと言い出す。「法の支配」というイロハを投げ捨ててしまって、それを「力の支配」に置き換えようとしているのがトランプ政権です。
そういうトランプ政権言いなりで大軍拡をやる、敵基地攻撃ミサイルを配備する、武器輸出を全面解禁する。これはあまりに危ない道ではないか。唯一の戦争被爆国なのに、核兵器禁止条約に背を向け、非核三原則の見直しまで言い出す。これでいいのか。そういう大問題を正面から問うていくことができるのが日本共産党だと思います。そこを訴えて、大いに躍進を勝ち取りたいと決意しているところです。
日本が直面する課題にこたえるためには、政策や路線を発展させていくことも必要
記者 国政の現場からは退きますが、やり残した思うことは?
志位 国政の代表者は田村委員長ですから、現場はすでに田村さん中心に対応しているわけですが、私も必要とされる場合には相談にのり、発言もしていきたいと思います。
今後の問題で言いますと、今の日本の政治全体の中で、政治の表層では右翼的な流れが全体を覆い尽くすかのような、たいへん危険な状況になっていると思います。これに正面から対峙(たいじ)する役割を果たせるのは日本共産党だと私は思っています。また、私たちは、「憲法を真ん中にすえた共同」ということも追求していますが、できるだけ多くの方々と力を合わせて、危険な右翼的潮流に対して、正面から対決する仕事がいよいよ必要になってくると思います。
政治の表層では右翼的潮流が広がっているように見えますが、国民の願い、世界の動きとの関係では深い矛盾があります。たとえば、この物価高からどうやって暮らしを守るのか。どうやって賃金を上げ、労働時間を短くしていくのか。社会保障の充実はどうすれば可能になるのか。こんなに大軍拡にお金を使って日本の財政はどうなってしまうのか。暮らしが圧迫されないのか。軍拡競争になっているが大丈夫か。これらの願いや不安に、高市政権はこたえる力を持っていない。
日本共産党は、そうした願いや不安にこたえる確かな立場を持っていますが、同時に、そうした日本が直面する課題に正面からこたえるためには、党の政策や路線を、国民の願いにそくして発展させていくことも必要だと思っています。
共闘の現状と展望--「憲法を真ん中にすえた確かな共同」をつくることに力そそぐ
記者 共産党は一貫して野党共闘を進めてきましたが、現状は共闘がなかなか難しい現状です。
志位 2015年に市民と野党の共闘を呼びかけて、その後、一連の国政選挙でこの路線を追求してきました。全体として大きな意義があったと思うし、成果も出ていると思います。
ただ、日本共産党も参加した共闘ということになると、風当たりも強いということを何度も経験してきました。参院選の場合は、それでも何とか調整して成果をあげた選挙もありましたが、総選挙(衆院選)になると、相手側は日本共産党が参加した共闘だけは許してはならないと、執念を持って壊しにかかってきます。
それを最初に感じたのは17年の総選挙でした。当時の民進党が一夜にして希望の党に吸収されるという事態が起こりました。私たちは共闘をあきらめないという旗を立てて、社民党と協力する中で、立憲民主党が立ち上がってきたので、野党共闘を維持したという経験もありましたが、総選挙は相手が大変な危機感を持ってやってくるということを感じました。
21年の総選挙は、立憲民主党との間で何度も話し合いをやりまして、立派な共通政策を確認して、政権問題についても限定的な閣外からの協力ということを確認しました。この選挙は、私たちの感触でも、中盤まではかなり押していました。世論調査を見ても、かなりのところまで追いつめているデータが出ていました。ところが中盤になって自民党が、「共産主義政権か自由民主主義政権かの体制選択選挙だ」という調子の通達を出して、ものすごい共産党攻撃、共闘攻撃が行われ、それをはねかえすだけの活動をやりきれず、政権交代までいきませんでした。それでも一定の成果をあげましたが、政権がかかる総選挙となってくると、相手がものすごい執念を持って攻撃してくるということを私たちは何度も体験してきました。
今後の共闘をどうするのか。まだ先が見えない状況ですが、いま追求しているのは、「憲法を真ん中にすえた確かな共同」です。この間、わが党は田村委員長が先頭に立って、社会民主党、新社会党、沖縄の風との間でしっかりとした会談を行い、憲法を守り、生かしていくことを真ん中にすえて、揺るがない対抗軸をつくっていこうという共同の努力を重ねてきています。まだ国会勢力としては小さいですが、いま勇気をもって旗を立てることが、必ず多くの人たちの共感を集めていく流れになりうると確信しています。
私は、この間、ヨーロッパやアメリカの左翼・進歩勢力ともいろいろな交流をしてきましたが、極右・排外主義の勢力の台頭にどう立ち向かうかが問われているなかで、中途半端ではなく、正面から対決する旗を、左翼・進歩勢力が旗を立てたところで、その旗に国民の信頼が集まる。
例えばドイツでは、昨年、極右政党AfDとキリスト教民主同盟CDUが、ある議案で事実上手を結ぶという事態が起こりました。ドイツでは歴史的な経過から、極右と手を結ぶのは社会的に認められないという考え方があり、「社会のダムの決壊」と言われたんです。その時にドイツ左翼党のみなさんが、「左翼党は民主主義を守る防火壁になって頑張る」と、連邦議会で演説して、それが大きなきっかけとなって、昨年の総選挙で躍進しました。旗をしっかり立てた党が躍進したんです。
もう一つはアメリカです。トランプ政権もまた、排外主義の色合いを強くもつ政権です。この流れに共和党がのみ込まれ、民主党も十分に戦えない状況の中で、アメリカ民主的社会主義者--DSAが今、力を増してきています。10万人ぐらいのメンバーがいると聞いています。DSAが力を伸ばして、ニューヨーク市長選では、ゾーラン・マムダニ市長を誕生させるという素晴らしい勝利を勝ち取りました。帝国の心臓部でそういう激動が起こっているわけです。マムダニ氏も、暮らしを良くする切実な願いを掲げるとともに、トランプ政権に対抗する旗を旗幟(きし)鮮明に掲げたことが勝因とされています。
日本でも極右・排外主義の流れが起こっています。高市政権も、その流れとのさまざまな協力関係のなかにあります。右翼的潮流が広がる状況のもとで、それに対抗する旗を旗幟鮮明に掲げる進歩勢力の共同が必要だという立場で頑張っていきたい。
立民・公明両党の新党結成の動き--安保法制への対応を注視していきたい
記者 立民・公明両党の新党結成の動きについて、どう考えますか。
志位 どういう政治的な旗を掲げるのかをよく注視したいと思います。これまでの経過で言えば、公明党は、集団的自衛権を行使する安保法制を推進した政党です。立憲民主党は集団的自衛権行使容認、安保法制は憲法違反だと正面から批判をしてきました。この点で私たちと協力して国会内外でたたかってきた政党です。そういう経過もふまえて、日本共産党と立憲民主党は、安保法制は憲法違反だから廃止すると基本的に合意して、これまで一連の国政選挙で協力をしてきたわけです。
安保法制は過去の問題ではありません。今の問題なんです。11年前に安保法制で「戦争国家づくり」が法制的に整備され、それを実践にうつしたのが「安保3文書」なんです。それが軍事費の国内総生産(GDP)比2%であり、さらに3・5%への増額であり、そして敵基地攻撃能力の保有など、今まさに安保法制の具体化と実践がやられているのです。根っこにあるのは安保法制です。
高市首相の「台湾発言」が出てくるのも、安保法制が根っこにあるからです。「存立危機事態」という概念をつくり出したのは安保法制です。安保法制が強行される前には、日本に対する武力攻撃がされていない段階で、自衛隊が武力行使をするなどということは絶対に許されませんでした。ところが、日本に対する武力攻撃がなくても、アメリカが戦争を始めたら、そのアメリカの戦争に協力して日本が参戦するというのが存立危機事態です。あの発言も根っこにあるのは安保法制なのです。
このように安保法制はまさに、今の問題です。しかも日本の政治の根本問題です。そして、11年前に憲法違反だったものが、時間がたったから憲法違反でなくなるということはないのです。憲法違反か違反でないか、あいまいな態度をとることも許されないのです。この問題にどういう対応を取るかを注視していきたいと思います。

