世界は心的外傷に満ちている。心の傷を癒やすということは精神医学や心理学に任せてすむことではない。それは社会のあり方として、今を生きる私たち全員に問われていることなのである▼自身も阪神・淡路大震災に遭った精神科医の安克昌(あん・かつまさ)さんは著書『心の傷を癒すということ』をそんな言葉で締めました。まだPTSD(心的外傷後ストレス障害)や心のケアといった考え方が広く知られていなかった頃。被災者の内面を「カルテ」した本は大きな災害が起きるたびに読み継がれてきました▼昨年に続きNHKの「100分de名著」にも登場。解説者の精神科医、宮地尚子さんは、災害が多発し誰もが被災者となりうる現代、安さんの訴えはますます重要になっていると▼「心のケアを最大限に拡張すれば、それは住民が尊重される社会を作ることになるのではないか。それは社会の『品格』にかかわる問題だ」。安さんは記します▼被災者の心のケアには安全な環境、人と人とのつながりが欠かせません。ところが、この国の復興は住まいや生業(なりわい)の再建を真ん中に置いてきませんでした。国の最優先課題、政府一丸となって全力で進めると国会や能登で宣言した高市首相も政局にかまけてばかり▼心のケア元年といわれた阪神・淡路大震災からきょうで31年。今年の1・17のつどいの灯籠には「つむぐ」の文字が刻まれます。震災の記憶とともに何を教訓としてつむいでいくのか。39歳の若さで亡くなった安さんの今に生きる問いかけです。
2026年1月17日

