(写真)不破哲三前議長の弔問に訪れ記帳する人たち=5日、党本部
昨年12月30日に死去した不破哲三前日本共産党中央委員会議長の弔問・記帳の受け付けが5日、東京都渋谷区の党本部のエントランスホールで始まりました。
各界代表や国会・マスコミ関係者、党関係者をはじめ、不破氏の選挙区だった衆院旧東京6区(荒川、江東、墨田の各区)の関係者など250人が訪れました。弔問者は記帳のあと、花で飾られた不破氏の遺影に向かって手を合わせました。不破氏の著作も展示され、手に取って見る人たちも相次ぎました。
この日の弔問には読売新聞グループ本社の老川祥一会長・主筆が訪れ、志位和夫議長と懇談。志位氏が弔問への謝意を伝えました。同日夕に訪れた読売新聞東京本社の村岡彰敏社長は田村智子委員長が応対し懇談しました。
立憲民主党の藤原規眞衆院議員、れいわ新選組の辻恵元衆院議員が弔問。日本民主主義文学会の能島龍三会長、画家の中西繁さんも訪れ、和歌山県や京都府など遠方からの弔問者もありました。駐日キューバ大使が弔問に訪れました。
不破氏の秘書を1975年から94年までつとめた植上一夫さん(77)は「不破さんは国会論戦において、ものすごい学習をしていた。論戦が終わる時には専門家になっていた」と思い出を語り、「不破さんの手書きの字は読むのが大変で、字を読み解くのが私の役割だった」と振り返りました。
夫が衆議院の衛視を務めていた埼玉県日高市の山澤ヤス子さん(82)は「不破さんは物理を学んでおり、夫も物理やマルクスやレーニンの著作を読んでいた。(党員ではなかったが)夫なりに不破さんを尊敬していた。立派な人物だと褒めていた」と語り、自身が昨年、共産党に入党したと述べました。
弔問・記帳は6日以降も1週間程度、午前9時から受け付けます。

