年末回顧の毎日新聞の読書欄に驚きました。現代詩作家の荒川洋治さんが今年の3冊のトップに宮本百合子著『伸子』を挙げていました。斎藤美奈子さん解説のちくま文庫版が今年出版されたからです▼荒川さんはこう紹介します。「宮本百合子(一八九九―一九五一)の前期の代表作。一九二八年初刊。恋愛の始まりから破綻までを、鮮明にとらえ、女性の生き方に大きな影響を与えた」▼この小説は作者の体験に基づき、夫との閉塞(へいそく)的な泥沼生活に苦しんだ末に主人公は離婚を決意します。百合子は「どんな女性でも一度は捕われずにはいまい結婚生活の夢想から、かなり完全に解放させてくれた点でだけでも、(夫に)感謝すべきなのかもしれない」と表現しています▼『伸子』は戦後、若い女性の間で多く読まれます。それを知った百合子は「感動を制することがむずかしかった」「二十数年前には少数の女性にだけ意識された問題が、こんにちでは大多数の若い女性にとって実感のそそられる社会的な現実問題としてうけとられている」と記しました▼自己実現と結婚の両立という理想が社会と家庭の現実の前に敗れ去る。『伸子』を読み直してドン・キホーテを連想しましたが、違うのは、彼女は倒れても再び立ち上がったこと▼百合子は離婚後、平和と民主主義の運動へと進みました。「戦前の至宝『杉垣』、戦後の最高傑作『播州平野』の地平へと導く。宮本百合子の道程は、いまもまばゆい」と評す荒川さん。来年は没後75年です。
2025年12月29日

