大河ドラマ「べらぼう」が最終回を迎えました。江戸の町人文化を描いた群像劇でしたが、時代背景もあってか戯作者も絵師も学者も男性がずらり。しかし、同じ時世に文筆で世に出ようとした女性もいたのです▼仙台藩医の家に生まれた只野真葛(ただの・まくず)です。幼少から聡明でしたが、父に「女に学問はいらない」と漢学の勉強を禁じられ、それが生涯の心の傷になりました。最初の結婚は破綻し、35歳で再婚した夫の理解に支えられながら、文筆活動を始めます▼書きためた著作を、4歳年下の人気作家・曲亭馬琴に送って、出版のあっせんを頼んだことも。しかし発表はかなわず、数え年63歳で亡くなりました▼真葛は社会のために己が何もできない無力感を、こう書き記しています。「何のために生まれ出づらん。女一人の心として、世界の人の苦しみを助けたくおもうことは、なしがたきの一番たるべし。是(これ)をうたてしく(情けなく)おもう故に、昼夜やすき心なく、苦しむぞ無益なり」▼遺(のこ)したエッセーは率直で精彩に富み、作家の永井路子は「江戸の清少納言」と評しました。真葛の経世論「独考(ひとりかんがへ)」は、儒教道徳を批判して人間の平等を説き、将軍、天皇も批判するなど、時代を超える内容でした▼野口良平著『列島哲学史』によると、彼女は幕府の昌平坂学問所の門戸を武士以外にも開放し、全身分に開かれた意見箱を置いて国益を論じるべきだと提案しました。今年は没後200年。この国のジェンダー平等の先駆者として思い起こしたい。
2025年12月16日

