(写真)ジョセフ・スティグリッツ氏(米コロンビア大学ホームページから)
富裕税はなぜ必要なのでしょうか。税収の確保は最も大きい理由の一つです。新型コロナパンデミック(大流行)を経て各国は巨額の政府債務を抱えており、新たな税収確保の必要に迫られています。しかし富裕層課税に関する議論は単に財政上の理由だけで高まっているのでしょうか。その背景には極端な富の集中と格差の拡大があり、これ以上放置できないという差し迫った状況があります。
富の集中は特権階級をつくり出し、専制政治を生み出します。トランプ氏やプーチン氏のような富裕層による政治は、民主主義を破壊します。ノーベル賞受賞経済学者ジョセフ・スティグリッツ氏が言う通りです。
「富の集中がある限り、力の集中は避けられず、束縛の無い資本主義では富の集中は自然に起きる」(『スティグリッツ 資本主義と自由』)。
排外主義扇動
極端な富の集中は社会の安定を損ない、右派ポピュリズム(大衆迎合主義)を生み出します。スティグリッツ氏は次のように言います。「新自由主義は自由の名のもとに、一部の人の利益のために大勢の人々の機会の自由を制限する政策を推進してきた。その結果市民の大部分に被害が生じたことに対応してポピュリズムが台頭し、独裁的人物が人気を獲得した」(同書)。ポピュリストは国民の不満のはけ口を外国人嫌悪などに向け、排外主義をあおります。
多くの富裕者は自分の富は自らが築き上げたものだとして、その絶対的所有権を主張し、課税に抵抗します。しかしいかなる富も個人の力だけで稼ぎ出せるものではありません。富はさまざまな公共の制度・インフラ、人々の知識や技術上の発明の上に築かれたものです。
富裕者の多くは企業の経営者や大株主ですが、その富は多くの労働者の汗と涙の上に築かれたものです。世界の超富裕者であるアマゾンのジェフ・べゾス会長が所有する富は、2000億ドル超(約30兆円)といわれますが、その富は物流倉庫で働く労働者の過酷で搾取的な労働の上に築かれたものであることを忘れてはなりません。
真の民主主義
富裕税は富の集中に歯止めをかける有力な手段ですが、真の民主主義の回復のためには、富裕層と特権階級を生み出さない社会を目指す必要があります。そのためには新自由主義の考え方を捨てなければなりません。
オランダのユトレヒト大学のイングリッド・ロベインス教授は、富裕層を生み出さない社会をつくるための手段として、三つの提案を示しています。(1)構造的手段(富が平等に分配される社会の構築)(2)財政的手段(課税と給付金)(3)倫理的手段(過度な富の所有を自ら自粛する精神)―です。(『リミタリアニズム 財産上限主義の可能性』)
富裕者自身からも、自分たちにもっと課税せよとの声が上がっています。スイスで開かれた世界経済フォーラムでは、250人の大富豪が世界の首脳に対し、超富裕層の富に課税するよう呼びかけています。富裕者を対象とする英国の調査会社サーベイションの最近のアンケート調査によると、富裕者の76%は「将来世代に安定的で平等な社会をつくるためなら、私の富により高い税を望む」と答えています。(つづく)
新自由主義は自由の名のもとに、一部の人の利益のために大勢の人々の機会の自由を制限する政策を推進してきた。その結果市民の大部分に被害が生じたことに対応してポピュリズムが台頭し、独裁的人物が人気を獲得した。
『スティグリッツ 資本主義と自由』から

