高市早苗政権が国家安全保障戦略など安保3文書の改定に向け、非核三原則の見直しを検討しようとしています。
非核三原則は、核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」とした日本の国是です。変更を許せば、核廃絶を目指す国際的な取り組みに逆行し、唯一の戦争被爆国としての日本の立場は地に落ちます。昨年、ノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会が抗議声明を発表するなど、怒りの声が広がっているのは当然です。
高市首相は、非核三原則のうち「持ち込ませず」の見直しを就任前から主張していました。
非核三原則は、1967年に佐藤栄作首相が国会で表明し、その後、度重なる国会決議で「国是として確立されている」と確認されてきました。現行の国家安全保障戦略も「非核三原則を堅持するとの基本方針は今後も変わらない」としています。
■以前から邪魔扱い
高市氏は今国会の所信表明演説で、安保3文書を来年中に改定する方針を示しました。今月11日の衆院予算委員会では、3文書改定の際、非核三原則堅持の文言を維持するのかと問われ、「私から申し上げるような段階ではない」と明言を避けました。
高市氏は安保3文書の閣議決定当時(22年12月)、経済安全保障担当相でした。自著では、この閣議決定直前に、核を「持ち込ませず」の原則が「米国の拡大抑止の提供」と矛盾し、究極的には「邪魔になる」ことを懸念し、国家安全保障戦略から削除するよう要請したもののかなわず、「今も残念に思っています」と明かしています(高市氏編著『国力研究』24年9月)
歴代政府は、非核三原則を掲げる一方、米国の「核の傘」に依存する矛盾した政策を取ってきました。
1960年の日米安保条約改定時には、米艦船や米軍機による日本への核持ち込みを認める日米密約を結びました。政府は三原則堅持が基本方針だと言いながら、今もこの密約を廃棄していません。
2010年には当時、民主党政権の岡田克也外相が、「緊急事態」での日本への核持ち込みについて「その時の政権が政権の命運をかけて決断をし、国民に説明する」と国会で答弁し、「持ち込ませず」の原則に公然と穴を開けました。
小泉進次郎防衛相が今月18日の記者会見で、この岡田外相の答弁を「引き継いでいく」と表明したのは重大です。
■米核戦略への加担
非核三原則の見直しは、核持ち込みを平時から認めることで米国の核戦略への加担を一層深め、日本を核戦争の足場にしようとするものです。
非核三原則見直しの動きに対し、長崎県の大石賢吾知事は「被爆県として到底受け入れられない」と述べ、広島県の湯崎英彦知事も「三原則は絶対に守るべきものだ」と語っています。広島市長や長崎市長も三原則の堅持を求めています。
国会決議によって国是と宣言された非核三原則は、国際公約でもあります。一内閣の判断で変更するなど決して許されません。

