野球で審判が右手を挙げればストライクやアウト、両腕を広げればセーフ。身ぶり手ぶりで伝えるジェスチャーは、聴力を失った大リーガーの発案でした▼幼少期に髄膜炎にかかり「きこえない」ウィリアム・ホイ選手がマイナー時代に変えたもの。彼がプレーした1880年ごろ、審判は声だけで判定を伝えていました。あるとき3球ともボールと思っていたものが、いずれもストライクの判定。ホイ選手はそれがわからずに打席に立ち続け、観客や投手から大笑いされてしまいます▼その後、ホイ選手は、ストライクとボールのジェスチャーの絵を描き、審判にやってもらうよう頼みました。それが思わぬ効果をもたらすことに▼判定が観客にも一目瞭然となり大いに喜ばれたからです。絵本『耳の聞こえないメジャーリーガー ウィリアム・ホイ』(ナンシー・チャーニン著、光村教育図書)で知りました▼「きこえない、きこえにくい」選手の国際大会デフリンピックが、あす15日に東京で開幕します。約80カ国、3000人余が21競技で競い合います。「音のない世界」の選手のため、運営にはさまざまな工夫が。過去に五輪経験者が出場したこともあり、競技力の高さや選手の懸命なプレーぶりが見どころです▼大会は、きこえる人と、きこえない人の壁をなくし、距離を縮める役割も。野球の審判のジェスチャーが競技を発展させたように、互いを深く理解することが社会を豊かにする―。大会がその役割を果たせるよう願っています。
2025年11月14日

