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訪問介護の有用性と歴史的経過 元立命館大学教授 小川栄二さん
国が専門性軽視、低賃金推進した歴史 国の責任でヘルパーの処遇改善を

小川栄二さん

崩壊危機が進む介護保険の訪問介護。ホームヘルパーの援助事例を通して訪問介護の有用性を研究してきた、元立命館大学教授の小川栄二さんに歴史的経過や再建の展望を聞きました。(内藤真己子)

―訪問介護にはどんな役割・有用性がありますか。

訪問介護が必要な状態とは、加齢や障害のため自宅で生活を続けることが困難な状態で、その放置は人権侵害です。逆に訪問介護による適切なサービスがあれば、生活の悪化から回復し、長期間、自宅での生活が可能になります。

訪問介護で使う道具は、ほとんど利用者の自宅にある生活手段です。特別な専門機器は使いませんが、利用者への個別の対人サービスが、有用性を発揮します。利用者の自宅は千差万別で、それこそが「その人らしさ」です。訪問介護の特徴は、利用者の住み慣れた自宅で生活手段を整え(環境整備)、「普通」の「当たり前」の生活を保障すること。それは対人福祉サービスの原点だと言えます。

食事支援を例に考えてみましょう。利用者の食欲が低下し、何を食べたいか思い浮かべられない場合、ヘルパーは一緒に食べたいものを考えます。可能なら買い物に同行して店で食材を見ることも有効です。閉じこもりの防止にもなります。本人の好みに合う食事を作ること(購入した食材の追加的加工)は、生活意欲を引き出します。

その後、咀嚼(そしゃく)や嚥下(えんげ)機能に留意した食事介助、服薬の見守り、片付け、台所の整頓、ゴミ出しまで一連で活動が続きます。介護保険報酬は、「生活援助」と「身体介護」とに分かれていますが本来、切り離すことはできません。

―具体的な事例では。

ネズミの糞(ふん)が転がっている土間にカーペットを敷いて寝ている1人暮らしで障害のある高齢女性がいました。訪問介護の利用につながると、ヘルパーが部屋や冷蔵庫を清掃して、介護ベッドを導入。生活環境が整うなかで生活意欲が向上していきました。ヘルパーが同行して買い物に行くようになると、利用者が食べたいおかずをあげ一緒に食材を選びました。自宅に戻り、へルパーの調理で料理の匂いが漂い始めると「おばあちゃんの匂いがする」と言って、育ててくれた祖母を思い出したんですね。

その次にヘルパーが訪問したときには、自分で食材を買って一緒に調理しようと待っていた。生活環境が整備され、食事支援が始まったことで利用者の生活意欲が向上した例です。生活水準が低下している人にとって、少しでも心地よい生活を経験することは重要で、身体介護ではないが身体を支える意味をも持ちます。これこそが自宅での「ヘルパーならでは」のサービス展開です。どこの家にいっても、それができるのは専門職だからです。

しかし国の政策で訪問介護は時間短縮が進み、ヘルパーによる調理ができにくくなっています。それでもヘルパーは配食弁当や冷凍食品、お総菜を使っても自宅の食器に盛り付けることで「普通の食卓」に近づける努力をしています。

食事支援をするホームヘルパー(左)=京都市内

―訪問介護の歴史は。

国の制度による訪問介護は1962年、老人福祉法の「家庭奉仕員派遣事業」で始まりました。利用には生活保護や所得税非課税などの制限がありました。82年になると所得制限が撤廃されますが、所得税課税世帯は有料化され、民間委託と非正規ヘルパーが拡大します。老人保健法が成立し、老人医療が有料化、老人差別の診療報酬が導入された時期にあたります。前後して「住み慣れた地域で暮らし続ける」ことが強調され、有料老人ホーム等も「自宅」と見なされる動きもありました。ヘルパーの拡大は高齢者の入院抑制策の裏返しだったのです。

また、家庭奉仕員(ホームヘルパー)による家事支援は、だれでもできる「非専門職」との考えが流布され、自治体に浸透していきました。身体介護を専門性が必要な「即時的ニーズ」とする一方、家事(生活)援助は、家族でも代替可能で専門的訓練を必ずしも必要としない「代替補完的ニーズ」と区分されました。

高齢化が進み社会的に介護の要請が高まります。2000年に介護保険が創設されると、自治体は、事業計画は策定しますが、サービス提供を担う責務がなくなり、民間事業所が提供すれば良いことになりました。直営廃止や民間委託、パート労働化が進みます。

需要拡大への対応として、とられたのが非正規で短時間勤務の「登録型ヘルパー」の大量採用です。主婦層を対象に、「好きな時間に好きなだけ働ける」として募集されました。「登録ヘルパー」が自宅と利用者宅を「直行直帰」する働き方が主流となります。介護保険前までの事業費は月額の人件費補助(97年まで)でしたが、介護報酬では、サービス提供時間による出来高払いになりました。ヘルパーが移動する時間は介護報酬が算定されず、移動時間に賃金がまともに支払われなくなりました。

―賃金はどうですか。

84年当時の家庭奉仕員の給与は、国が定めた事業費(措置制度)のもと、行政・社協の正職員が3分の1程度を占める中にあっても、手取りの最頻値(約3割)が月9万円~10万円と、生活保護基準程度の低さでした。現在の介護保険下では、ヘルパーの月給は正職員でも全産業平均と比べ月8万円以上低い水準が続いています。非正規では、「拘束時間がすべて賃金になる」とスーパーのレジ打ちへの流出が起きています。

家事・ケア労働を「主婦やボランティアでもできる」とみなし、低い報酬で労働力を集めようとした問題が根底にあります。歴史的には資本主義社会のもとで家事や育児、介護に関わる費用は主に女性がおこなう家庭内の無償労働とされ、資本家が「労働力の再生産」費用としてきちんと賃金を支払っていないことが、ケア労働への低い評価、低賃金につながっています。

―訪問介護の抑制が繰り返されました。

介護保険が始まって4年後には、厚生労働省の研究会が「訪問介護(家事代行)の利用で、家事不能に陥る場合もある」と提起。政府は06年に要支援1・2の「新予防給付」を作って軽度者へのサービスを制限しました。厚労省が主張した「軽度者の重度化」の根拠は論戦で崩れましたが、お構いなしでした。同時期に、地方によっては同居家族がいる利用者への生活援助の制限が強化され、外出介助が制限されました。

介護報酬が改定されるたびに、訪問時間の短時間化が進みました。生活援助は顕著で当初、上限は2時間だったのが1時間半、さらに45分程度になりました。2024年には訪問介護基本報酬の一律引き下げが行われ、訪問介護事業所の倒産やヘルパー不足に拍車をかけました。介護給付費抑制を狙ったものです。

6月成立の社会福祉法等一部改定では、高齢者人口減少地域を「特定地域」に定め、介護保険サービスと障害福祉サービスの人員配置基準の緩和が可能になりました。これは、要支援1・2の人を保険給付から外した2015年の「介護予防・日常生活支援総合事業」の基準緩和に類似した仕組みです。特定地域では要介護1から5の人も、訪問介護などは、無資格者が従事する「特定地域居宅サービス等事業」への移行が可能です。

介護保険の根幹にまた手を付けた改悪です。高市政権が進めるアメリカ言いなりの大軍拡と戦争国家体制づくりと一体の社会保障抑制策です。高齢者の人権侵害が広がり、国民との矛盾は拡大します。大軍拡をやめさせ、訪問介護の再建へ引き下げた訪問介護報酬は元に戻し、公費の負担割合を引き上げて、国の責任で介護労働者の賃金を引き上げることが急務です。

おがわ・えいじ 1951年、東京都生まれ。東京都立大学卒。東京都世田谷区職員を経て2001年、立命館大学産業社会学部助教授、06年同教授。共著に『北東アジアにおける高齢者の生活課題と社会的孤立』など。