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- 2026.08.13
親子で語り継ぐ満蒙開拓の実相(下)
北村栄美さんの長男 北村彰夫さん(65)=岐阜・池田町=
長女 岡崎いづみさん(64)=東京・武蔵野市=
加害現場立ち 震え止まらず
戦前、中国東北部に旧関東軍が設立した「満州国」へ長野県下伊那郡大鹿村から開拓団として一家で渡った北村栄美(えいみ)さん(92)=岐阜県揖斐郡池田町=。1945年8月のソ連軍侵攻後の避難中、略奪や性暴力を目の当たりにし、幼い妹が餓死しました。その体験を折に触れ聞いてきた長男の北村彰夫さん(65)=同=と、長女の岡崎いづみさん(64)=東京都武蔵野市=が語り部を引き継いで活動しています。

親子の掛け合いで語る北村栄美さん(左)と、彰夫さん=2023年5月、長野県阿智村の満蒙開拓平和記念館(同館提供)
彰夫さんは、満蒙開拓平和記念館で、親子2人の掛け合いで栄美さんの体験を聞きだす「北村家の食卓」を行ってきました。会話に聴衆を巻きこむスタイルがわかりやすいと好評でした。昨年、栄美さんの自伝『私の歩いた道』を編集し自費出版しました。栄美さんが、70歳を超えて覚えたワープロの「一本指打法」で書いた原稿をまとめたもの。体験をもとにした紙芝居「命の選択~私の歩いた道」の製作者らとチームを組み、岐阜県内を中心に20回以上上演し、話題になっています。
現地住民の話
妹のいづみさんも紙芝居を用いて、東京で語り部2世として活動を始めています。昨年夏、兄妹は母・栄美さんが入植した大古洞(たいこどう)開拓団跡地含む訪中ツアーに参加しました。そこで、いづみさんには生涯忘れられない出来事がありました。
通りがかりの現地住民に案内されて開拓団の墓所といわれる場所に赴きました。いづみさんは、「日本人として、開拓団にいた母の娘として申し訳ない」と謝罪を伝えました。すると現地の男性が教えてくれました。「この当たり一帯は旧日本軍に虐殺された人が捨てられた場所。いまもおびただしい数の遺骨が埋まっています」

紙芝居「命の選択」を使って、母親の体験を語る岡崎いづみさん=4月、東京都立川市内
その草地を前に、いづみさんは涙があふれ、震えが止まらなかったと言います。「他国の土地に日本人が入り込み、勝手に鍬(くわ)を入れて土地を耕したこと自体が侵略だった。日本が多くの人々の命を奪い、傷つけた重みを実感しました」と語るいづみさんは続けます。
「日本政府は、侵略戦争や植民地支配に反省や謝罪をせず、『加害』を償っていない。現地の空気に触れ、その深刻さを骨身にしみて感じました。高市首相の『台湾有事』発言が飛び出し、日中両国関係が悪化しています。侵略の歴史に照らして、あの発言がどんなに罪深いかも、母親の体験とともに語っていきたい」
語り継ぐ意義
彰夫さんやいづみさんが活動の拠点とする満蒙開拓平和記念館(長野県阿智村)では、2012年から「次世代語り部養成講座」を開催。受講者が中心となり、ボランティアグループができました。同記念館で体験を語ってきた元開拓団員が高齢化するなか、昨年から、開拓団2世ら次世代が語り継ぐ取り組みも始めています。1年間で5人の2世が登壇しました。同館の三沢亜紀事務局長は次のように語ります。
「満州から引き揚げてきた当事者は生き抜くのに必死だったし、戦後の日本社会が加害の歴史をしっかり受け止めてこなかったために、自分の体験と歴史を重ねて振り返る機会が少なかったと思います。しかし開拓団2世をはじめ次世代は、不都合な加害の面も引き受けながら、歴史の文脈のなかで、親世代のリアルな体験を語り継いでいくことができます。いま、その意義は非常に大きいと感じています」
(おわり)

