おすすめ
- くらし家庭
- 2026.03.10
【3月新連載】そこに自転車があった 宮田浩介(1)
15年の明暗
2026年3月10日
2011年3月11日の夜。私は東京・吉祥寺エリアの自宅から、渋谷方面へ自転車を走らせていた。大通り沿い、歩道は徒歩で帰宅する人々で溢(あふ)れかえっていた。その行列のずっと先に、自分の家族もいる。メールによると、一旦(いったん)バスに乗り込んだものの、都心にマイカーが殺到したため全く進まなかったそうだ。
自転車は快走とはいかなかったが、交通規制の始まっていた車道の隅をなぞり、それなりのテンポで進むことができた。私は無事に家族と合流し、一緒に歩いて家へ帰り着いた。
緊急地震速報がたびたび鳴り響く中、私たちはテレビを点(つ)けたり消したりしながら、携帯電話やパソコンも使って、大震災と津波の被害、原発事故の情報を拾った。そこには、街角の店の自転車がみんな売り切れたとのニュースもまじっていた。
あれから15年。文明のあり方を見つめ直す契機を得たはずの日本は、どう変わったのか。

2011年5月、福島県いわき市の津波被害復興ボランティア拠点で活躍していたたくさんの自転車。一方、原発事故により地域の子どもの自転車利用は大幅に減った
3千万台消える
2013年から23年にかけ、エネルギー使用に関わる二酸化炭素排出は、家庭・業務その他の部門で30%、産業部門で27%、エネルギー転換部門で23%の削減がなされたが、運輸部門は15%と大きく遅れている。(経産省「2023年度における地球温暖化対策計画の進捗〈しんちょく〉状況」)
16年には、自転車活用推進法が公布された。その基本理念には「二酸化炭素、粒子状物質等の環境に深刻な影響を及ぼすおそれのある物質を排出しない(…)災害時において機動的である(…)自転車の利用を増進し、交通における自動車への依存の程度を低減することが(…)公共の利益の増進に資する」とある。
だが現実には、自転車の利用は増えていない。通勤・通学の手段を2010年と2020年の国勢調査で比べると、東京・神奈川以外の45道府県で自家用車が伸びた一方、自転車は全都道府県で減少している。
12年に8千万台を超えていた自転車保有台数は、27年の将来推計では5千万台余り、つまり15年で3千万台が消える見込みだ(自転車産業振興協会「2021年度 自転車保有並びに使用実態に関する調査報告書 要約版」)。このペースは人口減少のおよそ10倍にあたる。
不公正さはらむ
日本国内で24年に報告された交通事故29万895件のうち、自転車の運転者が加害者となった事故は5・8%、自動車の運転者が加害者となった事故は88・5%だ。
そんな中、今年4月には、16歳以上の自転車運転中の交通違反に対する「青切符」制度が施行される。ほとんどの違反事項の反則金が、速度や重量の異なる原付バイクと同額であることも含め、多くの不公正さをはらむこの制度は、自転車利用の強力な抑制装置となる。その効果は、マスメディアやSNSが増幅する不安や誤解の広がりによって、既に発動しているといっていい。

2025年3月、パリのリヴォリ通り。車道はマイカー禁止の1車線のみを残して自転車道に転換されている。自転車が交通手段として利用される割合は、2010年の3%から23年までに11%を超えた
ニューヨーク、ロンドン、パリ…世界中で自転車都市の再興が進む時代に、オランダ、デンマークに次ぐ自転車利用度を、日本は失おうとしている。それは単なるランキングの問題ではなく、子どもや高齢者の自律的移動の自由、主に女性が担ってきた地域内での買い物や送迎といったケア移動、気候正義に庶民が日常的に貢献することのハードルが上がることを意味する。
「そこに自転車があった」。この言葉が遠い過去の懐古になるか、未来へ向けた今・ここの再認識になるか、強い危機感をもって投げかけたい。
(文筆家・翻訳家)

編著書『世界に学ぶ自転車都市のつくりかた 人と暮らしが中心のまちとみちのデザイン』(共著:小畑和香子・南村多津恵・早川洋平)学芸出版社

