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- 2025.12.25
窮地に立つトランプ米政権
横浜国立大学名誉教授(米国経済研究者)萩原伸次郎さん
物価上昇もたらす高関税政策 変革求め民主的社会主義台頭

トランプ米政権の支持率は11月に38%まで落ち、1月に発足した第2次政権で最低を記録しました。世界中に一方的な高関税を課して物価高に見舞われ、国民の不満が高まり、民主的社会主義者のゾーラン・マムダニ氏(34)がニューヨーク市長に選ばれる激動の米国。その経済的背景などについて、横浜国立大学名誉教授で米国経済研究者の萩原伸次郎さんに聞きました。(伊藤紀夫)
―米国では高関税で被害を受けた企業や一部の州が裁判所に訴え、高関税は違法と差し止めを命じる判決が出ました。今、最高裁の判断が注目されています。
4月に出された「トランプ関税」は、米国がそれまでとってきた無差別・多角的自由貿易主義から、気に食わない国には高関税をかける差別的な政策へ変えるもので、戦後の対外経済政策の大転換です。
関税は基本的には議会が決めるもので、大統領には権限がありません。このため、トランプ大統領は、緊急事態には大統領が税率を決めることができる国際緊急経済権限法を使って、「相互関税」10%、さらに各国別にプラスして関税を課すことを決めたわけです。第1次政権では高関税は中国だけでしたが、それを全世界に広げたのです。
トランプ氏は「何十年も米国は敵も味方も関係なく近隣や遠方の国々から略奪されてきた」と正当化しています。しかし、米国の貿易赤字は米多国籍企業が安い労働力や租税回避などを狙って海外に展開して国内産業が空洞化し、輸入に頼る経済構造になっていることが原因です。理不尽な高関税に最高裁が違法判決を下せば、影響は甚大です。
私は最初から高関税政策は必ず米国に物価上昇をもたらすと言ってきましたが、それが今、顕在化しています。例えばコーヒーやバナナ、チョコレートなど、米国が輸入している日用品を中心に軒並み上昇し始めました。コーヒー価格の上昇はブラジルにかけた50%の高関税が効いています。米国人はコーヒーをよく飲みますから、値上げに不満が高まっています。
米国のショッピングの季節は11月の第4木曜日に「サンクス・ギビング・デー」という感謝祭がありますが、今年は物価高で消費者が買えない状況になっています。クリスマスショッピングも物価上昇の影響で順調ではないようです。物価上昇で雇用も怪しくなり、企業が設備投資を控える中、トランプ氏の支持率が落ちています。
―物価高の中、医療保険制度「オバマケア」の補助金が年末で切れる影響は、2千万人以上に及びます。
米国では保険会社の力が強いので、日本のような公的保険制度はありませんでした。ジョンソン政権の1965年、65歳以上の高齢者医療制度メディケア、低所得者向け医療制度メディケイドができましたが、現役世代の労働者や自営業者の保険制度はできなかったわけです。
オバマ大統領が創設した「オバマケア」は現役世代について保険会社から保険を買うが、政府が補助し、義務規定を設けて保険に入らない人には罰金を科すもので、2014年から実施されました。個人負担が少なくなるので、多くの人が保険に入ったわけです。
ところが、第1次トランプ政権は17年12月に金持ち優遇の「減税および雇用法」を通し、そこに「オバマケア」の保険加入義務規定を外して連邦補助金をなくす条項を滑り込ませました。バイデン前政権は21年、この補助金を拡大しましたが、今年12月末に期限切れになります。
トランプ大統領は7月4日、米国の独立記念日に金持ち優遇税制を恒久化する「大減税法」を通しました。その中で「オバマケア」の補助金廃止を打ち出しました。米議会予算局の試算では、この法律によって10年間で3・4兆ドルの連邦財政赤字の増加が予測され、その矛先を医療保険に向けているのです。しかし、これを盛り込んだ26年連邦予算案は下院を通りましたが、上院では阻まれており、攻防が続いています。
保険会社からきた来年の保険料の見積もりは日本円にすると月21万5千円で、補助のおかげで今は7万2千円の負担が3倍に跳ね上がり、「絶対に払えない」という苦境が報道されています(「朝日」1日付)。
―民主的社会主義者がニューヨークやシアトルで市長に当選する背景には、トランプ政権の金持ち優遇・国民犠牲の悪政がある…。
民主的社会主義者が出てくるきっかけになったのは、下院全議席と上院3分の1の議席を争う18年の中間選挙です。「オバマケア」廃止で保険料が上がる中、民主党のバーニー・サンダース上院議員が「メディケア・フォー・オール」(すべての人に健康保険制度を)というスローガンで選挙を戦い、彼に賛同する進歩派の議員が誕生し、かなりの議席を占めました。
米国民主的社会主義者は「デモクラティック・ソーシャリスツ・オブ・アメリカ」(DSA)という組織です。マルクスの『資本論』の学習運動にも取り組み、連邦議会、地方の市や議会にも進出し、実際に政治を動かしています。
一方、トランプ氏の熱烈な支持者である共和党のマージョリー・テイラー・グリーン下院議員が彼と対立して辞任を表明するなど、内部矛盾も表れています。

ホワイトハウスでトランプ米大統領と握手するマムダニ次期ニューヨーク市長=11月21日、ワシントン(ロイター)
トランプ氏は、臆病でいつもおじけづくと言われています。マムダニ氏に対して「共産主義者をニューヨーク市長にするな」と言っていましたが、当選するとホワイトハウスに呼び、「これから協力してやっていこう」とコロッと態度を変えました。マムダニ氏がトランプ氏をファシストだと批判した話をしたら、彼は「俺をファシストって呼んでもいいよ」と言ったというから、あきれます。
来年11月の中間選挙、翌年の大統領選挙では大企業・金持ち優遇のトランプ政権に対抗して変革を求める民主的社会主義者が台頭し、面白くなるでしょう。
―高市早苗政権は日米首脳会談前に軍事費のGDP(国内総生産)比2%を1年前倒しする補正予算案を決めるなど、米国言いなりの軍拡を加速しています。対米姿勢をどう見ますか。
日本は、高関税による脅しに屈するのみならず、GDP比3・5%、21兆円もの大軍拡を要求され、ずるずるとトランプ大統領の思いのままになる危険があります。軍拡の一方、病院の7割は赤字なのに医療費の4兆円削減、消費税は減税せずに一時的な「ばらまき」、先端産業などを支援する大企業優遇で、先進国の中でも突出した財政赤字を深刻化させています。
日本は米国に国際ルールを無視した高関税の撤回を求め、平和憲法に基づき軍拡を中止すべきです。トランプ政権と似た極右・排外主義の道を歩む高市政権と対決し、平和と国民生活を守らなければなりません。
そのためにも今、民主的共同の運動や『資本論』の学習活動などを広げていくことが大事だと思います。
はぎわら・しんじろう 1947年京都市生まれ。横浜国立大学名誉教授。同大学経済学部長、米国マサチューセッツ大学経済学部客員研究員などを歴任。著書に『アメリカ経済政策史―戦後「ケインズ連合」の興亡』『世界経済危機と「資本論」』『トランプ大統領の政治経済政策』など多数。

