おすすめ
- とくほう・特報
- 2025.12.17
米「スパイ防止法」その実態
反戦・言論の弾圧 自警団…

日米首脳会談の署名式での高市早苗首相とトランプ大統領=10月28日(首相官邸のホームページから)
高市早苗首相が自民党と日本維新の会が連立政権合意に基づいて法案作成を急ぐ「スパイ防止法」。参政党と国民民主党が国会に法案を提出し、制定に向けた連携の動きが加速しています。高市首相は「スパイ活動を規定し、監視し、必要があれば逮捕できる法律です」と言いますが、実際はどんなものなのか。1917年に制定された米国の「スパイ防止法」に、その実態を見ました。(伊藤紀夫)
同法はウィルソン米大統領が第1次世界大戦に参戦した年に制定されました。同大統領は戦後、国際連盟創設に尽力したことで有名ですが、当時の米国では同法が猛威を振るいました。
「恐ろしいことに、敵国と関係があり、敵国の手先だと見なされたら、それだけで反戦活動した人たちが処罰され、言論そのものが差し止められたのです。合衆国最高裁判所はスパイ防止法に基づいて、すべて有罪判決を下しました」

中谷雄二弁護士
中谷雄二弁護士は、当時の状況をリアルに描いた『「表現の自由」を求めて アメリカにおける権利獲得の軌跡』(奥平康弘著)や『暗黒のアメリカ 第一次世界大戦と追い詰められる民主主義』(アダム・ホックシールド著)をあげて語ります。
当時、社会党のシェンク書記長が「スパイ防止法」に問われた事件では、同党が作成・配布したリーフレットが問題になりました。リーフは「兵隊にとられるよりは刑に処せられて獄にあるほうがましだ」と徴兵法に反対し、市民を戦場に送る公権力に異を唱え、「この国の人民の諸権利を維持し守り保護することに、君も参加しなければいけない」との訴えが書かれていました。書記長がこれに関与したというのです。
有罪次々

国会に向けて「スパイ防止法反対」と声を上げる宗教者たち=11日、東京都千代田区
終戦後4カ月足らずの19年3月、最高裁はこの事件で同法を適用し、政府の戦争遂行を阻害し敵国を利する言動に当たるとして、有罪判決を言い渡しました。
さらに戦争・徴兵制反対の論文を載せた出版物を刊行した事件や、社会党最高幹部デブスの反戦・反徴兵演説をきっかけとした事件も、最高裁は有罪としました。
デブスは「自分の命を守るためにさえ、同じ人間の命を奪うことはできるだろうか、ということです。聖なる戦争という言葉が使われます。そんなものはありません」と法廷で語り、懲役10年の刑を宣告され、3年以上も投獄されたのです。
中谷さんは「この三つのスパイ防止法事件では、その後の事件で有罪判決に異議を述べることになるホームズ裁判官が、全員一致の法廷を代表して、言論弾圧の判決を書いたことには驚きました」と言います。
ホームズ裁判官も戦時下という状況に追随し、シェンク事件ではリーフは政府の戦争遂行を妨げる効果をもったと認定し、「明白にして現存する危険」が認められる時は「表現の自由」を制限できるとして合憲としたのです。
米国で「スパイ防止法」が導入された時代は、戦争遂行のために言論・表現の自由が奪われ、反戦を訴える人たちの監視・取り締まり・投獄、郵送や出版の禁止、労働組合や共産主義者らの弾圧が荒れ狂いました。政治家が外国人追い出しの「犬笛」を吹き、移民の強制送還、黒人への暴力が激化。労働組合員やドイツ系ユダヤ系住民、反戦・平和主義者に、司法省公認の自警団が襲いかかる「暗黒の時代」でした。
同法は今も国家機密を統制する中心法として機能し、「内部告発者」の弾圧にも利用されています。米国家安全保障局(NSA)の極秘監視システムで数千万人の国内外通話履歴を無差別・大量に入手していたことを暴いた元契約職員のスノーデンも同法違反の容疑で訴追されているのです。
市民に対しては秘密裏に大規模なスパイ活動をして個人情報を収集しながら、その違法行為を暴いた人を国家機密の漏洩(ろうえい)で罪に問うのが「スパイ防止法」です。市民的自由を何重にも侵害するものと言えます。
高市政権が目指す「スパイ防止関連法制」の中には米国をモデルにした「外国代理人登録法」も入っています。内閣情報調査室の「国家情報局」への格上げや「独立した対外情報庁」の創設も盛り込んでいます。

斎藤裕弁護士
斎藤裕弁護士は「スパイはスパイという名札をつけて公然と活動しているわけではありません。ですから、情報機関によるスパイ調査は、必然的にスパイではない一般市民に及びます。その過程で市民のプライバシー権などが侵害される可能性があります。今も公安警察などによるプライバシー侵害が少なくない中、情報機関の拡大強化につながる立法は行うべきではありません」と指摘します。
監視機構
「対外情報庁」は、米国の中央情報局(CIA)にならった組織です。CIAは1970年代にチリのアジェンデ政権を転覆させた軍事クーデターの背後で違法な工作を働くなど、世界中にスパイを送り込んで暗躍しています。
「JCIA(日本版CIA)を設立する目的は、ここでスパイを養成して市民の中に送り込んで敵国と関係のある人間をあぶり出し、厳罰の脅しをかける、そのための強力な監視機構をつくることにあります。日本を戦争に導く問題とともに、大量に収集する情報の乱用や捏造(ねつぞう)が懸念され、国民の人権にとっても極めて危険です」と中谷さん。
外国代理人登録法は外国政府、外国の組織・企業などの利益のために国内で政治・宣伝的に活動する者を透明化することを目的にしています。米国では1938年に制定され、外国代理人に司法省への登録と公開を義務づけています。
「この法律は外国主体が広範で、どのような場合に代理人とされるか不明確です。そのため、国際問題の専門家が韓国の代理人とされ、登録していなかったことなどを理由に起訴される問題も起こり、報道機関や非営利活動法人の活動に悪影響を与えていると指摘されています。日本で制定されれば、報道の自由や表現の自由を侵害しかねません。たとえば、靖国神社公式参拝に反対したら、『中国の手先だ』と政治家を攻撃するのに使われる可能性もあるわけです。そういう危険な立法は、すべきではありません」と斎藤さん。
高市首相は国会で、台湾海峡での米中の武力衝突について「戦艦を使って、武力行使を伴うものであれば、これはどう考えても『存立危機事態』になり得る」と発言。日本への武力攻撃がなくても米軍を守るために自衛隊が中国に武力行使し得ると軍事的緊張をあおり、日米首脳会談前にGDP(国内総生産)2%の大軍拡を年内に前倒しすることを決め、敵基地攻撃体制の構築を加速しています。
「戦争する国づくり」と「スパイ防止法」制定は裏表の関係です。戦争遂行のために反対の声を抑え込む治安体制づくりを阻む国民的な共同が急がれます。

