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- 2025.11.21
シリーズ介護保険25年 「三大改悪」議論ヤマ場
NPO法人高齢社会をよくする女性の会副理事長 石田路子さん
負担増が招く「内側」の崩壊 ケア体制構築こそ“防衛策”
介護保険制度の創設から25年の今年、政府は3年に1度の制度見直しの議論を厚生労働省の社会保障審議会介護保険部会で進めています。世論の力で先送りさせてきた「三大改悪」と言われる負担増と給付削減が改めて議題となり、年末に向け審議はヤマ場を迎えます。同部会委員を務める、NPO法人高齢社会をよくする女性の会副理事長の石田路子さんに聞きました。(内藤真己子)

いしだ・みちこ 名古屋学芸大学看護学部看護学科客員教授・名誉教授。奈良女子大学大学院人間文化研究科複合領域科学博士後期課程修了。博士(社会科学)。厚生労働省社会保障審議会介護保険部会、同介護給付費分科会委員。
―「女性の会」は介護保険制度の創設を推進してこられました。創設後の25年をどう評価していますか?
創設当時は、家族の誰かが介護を背負うのではなく、「社会で支える」制度がスタートするということで、本当に喜びました。開始から5年ほどたった2005年ごろ、ケアの調査で北欧を訪れたのですが、私があちらの制度を学ぶより先に日本の「介護保険」について「教えろ」と質問攻めにあうほどでした。「社会保険」というシステムでケア=介護を確保したことが非常に注目されていました。
しかし、その後の20年は、残念ながら給付抑制と負担増が続きました。2005年ごろ「介護予防」という言葉が登場したあたりから風向きが変わり始め、15年には要支援1、2の訪問介護などを保険から外し自治体の「総合事業」に移しました。そして利用料の2、3割負担の導入と、負担は重くなる一方です。
収入に応じた保険料を払っているのに、利用する段になってまた2割、3割と負担を求められる。利用者の多くは年金で暮らす高齢者です。国は「持続可能な制度」をスローガンにしていますが、肝心のサービスがなくなったり、高額な負担で利用ができなくなったりしたら制度だけが残っても意味がありません。今その懸念が極まっていると感じています。
―実際、訪問介護は提供体制の崩壊が深刻です。
「しんぶん赤旗」の調査報道で「訪問介護ゼロ自治体」が全国で115自治体に広がっている実態が明らかになりました。目を見張る調査でした。それまで厚労省は「全体として訪問介護事業所数は増えている」という説明をしていました。しかし増えているのは「サ高住」(サービス付き高齢者向け住宅)などに併設され、建物内を効率的に回るタイプの訪問介護で、在宅の個々のお宅を訪問する、最も大変な事業所は赤字に苦しみ、バタバタと倒れています。都市部ですら、小規模で地域を支えてきた事業所が苦境に立たされています。
より根本的には、介護保険創設時に、ホームヘルパーの賃金が「専業主婦のパート労働」を想定した低い賃金で介護報酬が設計されたことがあります。専門職として自立できる賃金ではなく、あくまで補助的な収入としか見なされていなかった。それは女性の家族内ケア労働が低く評価されてきたことの延長線上にあります。以来、ホームヘルパーはずっと低賃金です。こんな状況で若い世代が入ってくるでしょうか。
その上政府は、訪問介護報酬を何度も引き下げてきました。24年度の改定では、他のサービスが多少とも引き上がるなかで訪問介護だけは基本報酬を引き下げて、事業所の倒産や休止・廃止が過去最多になりました。
―厚労省は訪問介護が消滅しつつある中山間・人口減少地域の対策として、人員配置基準を緩和した「新類型」のサービス(定額報酬も選択可)を検討しています。
私は介護保険部会で「具体的にどんなサービスなのかイメージが湧かない」と何度か聞いていますが、明確な答えはなく、報酬等具体的内容は、社会保障審議会介護給付費分科会で決めるという回答でした。
今は「中山間地」と限定して語られていますが、人口減少は全国の市町村どこでも当てはまります。基準緩和がなし崩し的に日本全土に拡大していくのではないかと強く懸念しています。基準緩和よりも、訪問介護基本報酬を元に戻すことや、訪問先への移動に時間がかかる中山間地の事業所の運営費用への補てんが必要だと思います。
―審議会では(1)利用料2割負担の対象拡大(2)ケアプラン有料化(3)要介護1、2の生活援助などを自治体の「総合事業」に移行する「三大改悪」の議論が本格化しています。
利用料はすでに、単身の場合で年金収入等が280万以上ある人が2割負担になっています。政府は、この所得ラインを引き下げようとしています。3年前の見直しの議論でも「後期高齢者医療制度の2割負担の所得に合わせる」として、「年金収入等200万円以上は2割負担」という案が打診されていました。
しかし、いま物価高騰の中で高齢者の生活はひっ迫しています。その生活実態の調査もなく2割負担を拡大することは無謀です。物価高騰にともない、年金はわずかながらも上がっています。「マクロ経済スライド」が発動され年金の引き上げ率は物価上昇を下回って実質マイナスですが、額面では増えています。住民税非課税だった人が課税になり介護保険料が跳ね上がったケースが伝えられています。
新たに2、3割負担になる人も出ています。私たちの会に最近寄せられた「生の声」を介護保険部会でも伝えました。90歳の男性がようやく介護認定を受け、サービス利用ができてホッとしたその直後、わずかな増額で年金が280万円のラインを少しだけ超えてしまい、突然、2割負担になったというのです。ご家族は「利用料が倍になり、もうサービスをやめるしかない」と途方に暮れている。そういう方が現実にいるのです。
年収280万円という所得水準は、現役世代なら決して豊かとはいえない層です。「高齢者で3割負担の現役並み所得って、いくらだと思う?」と大学の学生に聞くと、「500万円か600万円くらい」と答えますが、これが通常の感覚です。しかし、高齢者は単身なら収入340万円台で「現役並み所得」とされ3割負担です。
また、高齢者世帯の平均貯蓄は2000万円以上あるから大丈夫というような「平均値」のトリックにだまされてはいけません。これは一部の高額な資産を保有する世帯が平均値を押し上げているためです。中央値は800万円程度で、多くの世帯がこの水準に集中していることがわかります。金融資産を一切保有していない「貯蓄ゼロ」の世帯が2割を占めています。物価高騰のもとで、負担増の議論は凍結すべきと強く主張し続けます。
―「ケアプラン有料化」はいかがでしょうか。
断固として「10割給付(無料)の維持」を主張します。もし入り口の相談が有料になれば、介護保険を使うための相談そのものを控え、結果として利用控えにつながるのは明らかです。
「現役世代の負担軽減」を強調して高齢者の負担増を主張する議論が盛んですが、現役世代にとって一番の助けは、親が安心して介護サービスを受けられることです。それが「介護離職ゼロ」にもつながる。利用料が高くてサービスが使えなければ、結局、子どもなど家族が介護するしかありません。その根本を正しく理解してほしいです。
結局は、税金の使い方の優先順位の問題です。今、政府は防衛費の増額に何十兆円というお金を使おうとしています。「外敵からの防衛」も結構ですが、その前に国民の暮らしや介護という「国の内側」が崩壊しようとしていることを忘れてはなりません。高齢者人口が増え続ける日本にとって、ケアの体制をしっかり構築することこそが、国民の安心につながる不可欠な守備、防衛策となるのではないでしょうか。私たち市民の側から、そう声を上げ続けるしかありません。

