2006年9月30日(土)「しんぶん赤旗」
安倍首相の所信表明演説
「美しい国づくり」みてみると…
「『美しい国』の繁栄には安定した経済成長」「『美しい国』の実現には子どもや若者の育成」―安倍晋三首相は二十九日の所信表明演説で「美しい国創(づく)り」を看板に掲げました。しかし、きれいなカバーをめくってみれば、中身は、国民にとっては「恐ろしい国」です。
自ら語らず なぜ「信頼」
歴史認識
過去の日本の戦争を靖国神社と同じように「自存自衛」の戦争だと考えているのか、それとも間違った侵略戦争だと考えているのか――。
小泉純一郎前首相の靖国参拝で政府の歴史認識が大問題になっているのにもかかわらず、安倍首相は、みずからの歴史認識をいっさい語りませんでした。ただ「中国や韓国は、大事な隣国」「両国との信頼関係の強化は、アジア地域や国際社会全体にとって極めて大切」と並べたてただけです。
これには、自民党の閣僚経験者も「(所信表明で)アジア外交に意欲を示しているが、どうやって現状を打開するのか」と疑問を投げかけます。
過去の戦争に対する認識を語ることは、戦後国際社会の土台にかかわる問題であり、現代の政治家の責務です。同盟国と頼る米政府からも「靖国史観」には批判があがっています。そこを明確にせず、いくら「美しい国、日本」の姿として「世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国」(同演説)といっても空しいばかりです。
安倍首相の“あいまいさ”は、歴代政府の公式見解に対しても顕著です。日本による「植民地支配と侵略」への「おわびと反省」を明確にした村山富市首相の戦後五十年談話(一九九五年)を「歴史的な談話」というだけで、踏襲する立場を明言していません。言葉の上では、同談話を踏まえてきた小泉前首相より逆行したものです。
戦後の国際社会の土台に逆流を持ち込もうとすれば、「信頼」や「尊敬」どころか、アジアだけでなく世界からのいっそうの孤立は避けられません。
「再チャレンジ」誰のため
格差社会
「『美しい国』として繁栄を続けていくためには、安定した経済成長が続くことが不可欠」とのべて打ち出したのが「経済成長」戦略です。
「オープン」と「イノベーション(技術革新)」を進めるとして、技術革新を進める分野に医薬、工学、情報技術をあげました。
問題は、この「戦略」がだれのためのものかということです。「イノベーションを継続的に実現していくシステムを、税制や財政、教育などすべての施策を動員して整備していく必要がある」(御手洗冨士夫日本経団連会長)との財界の要求にこたえたものであることは明らかです。大企業と一部のベンチャー企業などを応援する政策にすぎません。
もう一つは「再チャレンジ」政策。「重要課題」と位置付け、総合的な「再チャレンジ支援策」を推進するとしました。政策の中心は、起業の促進。フリーターを減らすことや、雇用促進などもうたっています。しかし、雇用者の三人に一人が非正規雇用という現実をつくった原因である労働分野での規制緩和策を改める方向はありません。格差社会を生み出してきた「構造改革」への反省もなく、「再チャレンジ」といっても説得力はありません。しかも「(再チャレンジは)弱者を保護することではない」(『安倍晋三の経済政策を読む』)といってはばからないのが安倍首相です。
「国家のための教育」前面に
「教育再生」
安倍首相が「私が目指す『美しい国、日本』を実現するために…不可欠」と力を込めたのが「教育再生」です。
しかし、目指すのは「教育の目的は、志ある国民を育て、品格ある国家、社会をつくること」という方向です。
現行の教育基本法は教育の目的を「人格の完成」と定めています。子どもの成長を第一に考え、その人格の完成を目的にすえるのではなく、明治維新前の松下村塾を例に「志ある国民」「品格ある国家」づくりを目指すところに、戦前のような国家のための教育に変えようという安倍首相の狙いがにじみ出ています。
首相が「教育基本法案の早期成立を期します」とあらためて決意を示したのもその第一歩と位置づけられています。
また「教育再生」の中身も問題です。
所信表明を聞いた世取山洋介新潟大助教授は「評価と競争にもとづく新自由主義的改革が表に出てきた。高い学費や格差拡大、三十人学級の実現など当たり前の要求には何ら応えようとしていない」と言います。
公教育を再生するとして安倍首相は「学校同士が切磋琢磨(せっさたくま)して、質の高い教育を提供できるよう、外部評価を導入します」と明言しました。著書で語ったように「外部評価」によって学校を締め付け、評価が悪ければ、教員を入れ替えたり民営化したりするという構想です。
安倍首相が打ち出した「教育再生会議」について子どもと教科書全国ネット21の俵義文事務局長は「ほかには具体策に踏み込んでいない中で重大なもの。国家がやりたいように教育に介入する狙いが見える」と批判します。
「戦争する国づくり」露骨に
憲法改悪
「新たな国づくりに向けて、歩み出すときがやってきた」。こういって掲げたのが改憲です。現行の憲法は「日本が占領されている時代に制定」された、と戦後政治を否定する立場をあからさまに示しました。
小泉前首相ですら初の所信表明演説で掲げられなかった言明です。
“五年以内、あわよくば任期中の改憲も”とねらう安倍首相は、まずは改憲手続き法案の「早期成立を期待する」とあおりました。
改憲の狙いは、日本をアメリカに従って「海外で戦争する国にする」ことにあります。このことは、安倍首相が海外での武力行使を可能にする集団的自衛権の行使を解釈変更で可能にすることを正面から打ち出していることからもむき出しになっています。
演説では「日米同盟がより効果的に機能」するため「いかなる場合が憲法で禁止されている集団的自衛権の行使に該当するのか、個別具体的な例に即し、よく研究していく」と明言しました。安倍氏がこれまで具体例として挙げている(1)公海上での米艦船援護(2)イラクなどでの他国軍援護は、海外での武力行使そのものです。
憲法を踏みにじってこれを実現し、さらに全面改憲で文字通り世界の裏側まで行ってアメリカと肩を並べて戦争する国にしようとする二重の企てが明確です。

