2006年9月30日(土)「しんぶん赤旗」
「初の戦後生まれ首相」とこれで胸を張れるのか
政治部長 山本長春
安倍晋三首相の所信表明演説を聞いて、冒頭から強い違和感を覚えました。「初の戦後生まれの首相として」というくだりです。そうであれば「戦後の原点」に、首相が多用する「しっかりと」立ってこそ、胸を張れるはずです。しかし、所信表明や、この間の発言は、その原点をことごとく踏みにじり、覆そうとするものでしかありません。
日本の侵略戦争は、アジアの人々、日本国民におびただしい犠牲、惨禍をもたらしました。これは揺るぎない事実です。戦後、日本はその深い反省に立ち日本国憲法を制定し、恒久平和、主権在民、基本的人権などの原則を確立したのです。
安倍首相にはその認識が欠落しています。「現行の憲法は、日本が占領されている時代に制定され」たとし、「新しい時代にふさわしい憲法」をという言い方で改憲の方向を打ち出しました。首相の本音はもっと極端です。「現憲法の前文は何回読んでも、敗戦国としての連合国に対する詫(わ)び証文でしかない」(『安倍晋三対論集』)といってはばかりません。
教育ではどうか。戦前の教育は、天皇のために命を落とすことを最高の道徳として教え込みました。その痛苦の教訓から戦後教育は出発しています。現行の教育基本法は「教育の目的」(第一条)に「人格の完成」「真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび」とうたったのです。
ところが所信表明が強調した「教育の目的」は「志ある国民を育て、品格ある国家、社会をつくること」。再び国家主義的な人づくりを露骨に打ち出しています。
「戦後の原点」に背反しているのは歴史認識の問題でも同じです。首相はこんなことまで公言していました。「中国が『A級戦犯』のことをもちだしてきたのは、ドイツが念頭にあるのでしょう」「ナチスドイツが行なったジェノサイドは戦争とは関わりのない国家犯罪で、日本の戦争犯罪とは規模、目的、性格がまったく違う」(『安倍晋三対論集』)
ナチスドイツの犯罪が侵略戦争と不可分であることなど基本的な理解が首相にはまったくありません。首相自身、大学時代所属した講座は、ヨーロッパにおけるファシズム、とくにナチズムを研究した先生のゼミだと語っています。(『成蹊学園広報』)
であれば歴史の真実、教訓をどう学んだのかと問いたい。
所信表明では歴史認識について一切ふれませんでした。そのこと自体が国内、世界で通用しない首相の弱点であることを示しています。
「イノベーション」「バイオマス」などとカタカナ語を並べ立てた所信表明。しかし安倍首相の思想の中核には、戦前回帰の国家主義が据えられています。
「初の戦後生まれの首相」―。その美名のもとに首相がやろうとしていることは「いつか来た道」に国民を引き込むことではないでしょうか。

