2006年9月4日(月)「しんぶん赤旗」

日本への強制連行被害者

故劉連仁氏の記念館開館

裁判勝利へ力を結集


 第二次大戦中、日本に強制連行された故・劉連仁氏の関係資料を集めた「劉連仁記念館」が二日、同氏の故郷、山東省高密市郊外の草泊村に開館しました。同氏は一九四四年に強制連行され、非人道的な扱いに耐えかねて北海道の炭鉱から終戦直前に逃亡、終戦を知らずに五八年まで十三年間も山中に隠れ、五八年に帰郷しました。(高密<中国山東省>=菊池敏也 写真も)


 記念館は、同氏の旧居の隣に建設され、約六百平方メートルの敷地に二階建て約百八十平方メートル。草泊村は山東省の典型的な農村で、村の周囲には二メートル以上に伸びたトウモロコシ畑が広がっています。

百数十人が出席

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(写真)草泊村で開かれた劉連仁記念館の開館式=2日

 開館式には、劉氏の遺族や村民、強制連行被害者など百数十人が参加。日本からも劉連仁裁判弁護団や支援団体などの二十人が出席しました。二日は劉氏の命日にあたり、参加者は村はずれにある同氏の墓前と記念碑に花輪をささげました。

 開館式では、同氏の死後、訴訟を引き継いだ長男の劉煥新氏(館長)があいさつし、開館は「劉連仁の精神をさらに広く知ってもらい、対日訴訟の力を結集させることになる」と述べ、裁判のたたかいを最後まで貫く決意を表明しました。また、記念館を「平和の擁護、中日友好の総合的な教育基地」としたいと抱負を語りました。

 劉連仁裁判弁護団長の高橋融弁護士は、強い意志を持った生前の劉氏を振り返り、記念館が「多くの人々に劉氏のたたかいを伝え、強烈な印象を与え、確信を持つ人々を増やすと思う」と述べました。

 劉連仁裁判勝利実行委員会の永村誠朗委員長は、十年間の裁判を通じ、「日本政府と企業が共同して不法行為を行ったことを認めさせることができた」と成果を指摘し、中国人強制連行問題の全面解決に向けて、さらに努力する必要性を強調しました。

歴史を学びたい

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(写真)劉連仁記念館で資料に見入る人々

 記念館には、「逃亡生活」の後に同氏が「発見」された五八年当時や、九六年に日本で裁判を起こした後の資料などが展示されています。山東省青島市内の大学で日本語を学ぶ洪小珍さん(21)は、「かつて日本がどのように中国を侵略したのかが分かり、心を打たれるものがありました。日本語をかけ橋に、日本の人々とともに両国間の歴史を学び、理解したい」と語りました。


 劉連仁裁判 劉連仁氏は一九九六年に日本政府を相手取って強制連行と強制労働の損害賠償を求める裁判を起こしました。同氏は二〇〇〇年九月に八十七歳で亡くなりましたが、遺族が訴訟を引き継ぎ、東京地裁は〇一年七月、強制連行・強制労働が日本の国策として行われたことを初めて認め、原告請求の全額二千万円の賠償を命じました。東京高裁は〇五年六月、この地裁判決を取り消し、請求を却下、原告側が上告しています。


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