2006年8月7日(月)「しんぶん赤旗」

平和式典 小泉首相 最後の出席

被爆者の願いに背き世界から孤立の5年余


 小泉純一郎首相にとって、首相としては最後の出席となる平和記念式典。二〇〇一年の就任以来、一貫していたのは、被爆者に対する冷たさであり、核兵器廃絶への無関心でした。

実際の姿は… 

「被爆者に対して、これまで総合的な援護施策を充実させてきた」

 「核兵器の廃絶の実現に向けて、先頭に立ち続ける」

 今年の首相のあいさつも、これまで繰り返してきた内容とほぼ同じ。しかし、実際の姿は、言葉とは百八十度違っていました。

 政府は被爆者にどういう態度をとってきたか。

 原爆は今も、被爆者の体をむしばみ、原爆症を発症させています。ところが、被爆者健康手帳を持つ二十六万人のうち、政府が原爆症と認め、医療特別手当を支給しているのは約二千人。わずか0・8%にすぎません。

 その冷たい政府の認定基準に対し、大阪地裁につづいて広島地裁も「様々な限界や弱点がある」と断罪しました。

 歴代首相が出席していた「被爆者代表から要望を聞く会」も、小泉首相は〇一年の出席後は、欠席し続けました。

 毎年、広島県と広島市が行っている厚生労働省に対する援護行政に関する要請も、今年は川崎二郎厚労相の都合がつかず、厚労省への要望は中止になりました。

 なのに、その被爆者を前にして「援護施策を充実させてきた」と恥ずかしげもなく、言ってのける―。どこに、被爆者の苦しみに寄せる心があるのでしょうか。

 小泉首相は「今後とも被爆者の方々の実情を踏まえた諸施策を誠心誠意推進していく」と述べました。そうであれば、大阪地裁の判決を不服とした控訴をとりさげ、広島判決も控訴せずに従うべきです。

先制攻撃を容認

 小泉首相は「核兵器の廃絶」を口にしますが、最大の核保有国・米国の核兵器を含む先制攻撃戦略については、容認し続けてきました。

 二〇〇〇年の核不拡散条約(NPT)再検討会議では、国際世論に包囲された米国など核保有国は、核兵器廃絶の「明確な約束」を受け入れました。核廃絶に消極的だった日本政府は、これに衝撃を受け、その後、国連総会に提案する決議に「明確な約束」の履行を盛り込むようになりました。しかし、昨年の国連総会に提案した決議からは、その部分も削除してしまいました。

 さらに今年の式典あいさつでは、これまで言明してきた「平和憲法を遵守」を「憲法の平和条項を遵守」と言い換えました。憲法全体を「遵守」するのでなく、一部は改憲するといいたいのでしょう。狙いは米国とともに“海外で戦争ができる国づくり”です。

 全体に貫かれているのは、被爆者の悲痛な願いよりも、日米同盟を最優先にする姿勢です。

 しかし、小泉首相が頼りにする米国の核先制攻撃戦略に対し今、世界中から非難が巻き起こっています。アナン国連事務総長は、式典に寄せたメッセージで、一九四六年の国連総会としての最初の決議が核廃絶を訴えたものだったことをあげ、「核兵器のない世界という目標は遠くに見えても夢ではありません」と強調しました。

 小泉首相の対米追随路線の五年余は、この道が米国とともに世界から孤立する道でしかないことを示しています。

 (田中一郎)


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