2006年5月9日(火)「しんぶん赤旗」
「監禁室」復元し公開
熊本・ハンセン病療養所
人権侵害 生々しく
熊本県合志市の国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」で、強制的に故郷から引き裂かれ、望郷の思いなどから脱走を試みた入所者を閉じ込めていた「監禁室」の一部が復元され、一般公開されています。
五年前の五月十一日、ハンセン病国家賠償訴訟で、熊本地裁は、「らい予防法」による強制隔離政策は憲法違反―と断罪した判決を言い渡しました。判決後、「隔離の実態を風化させたくない」という入所者の要望を受け、職員が窓に木製の格子を付けるなどして全国で唯一、現存している「監禁室」を再現しました。
「監禁室」だった壁に生々しく残る落書きには、「叩(たた)キ殺セ」という文字や、解放を待ちわびて日付を数えたと思われる「9、10…24日壱(いち)時マデ」など多数の落書きが見つかり、当時の惨状を伝えています。
「監禁室」は一九一七年、「らい予防法」に基づいて、療養所所長の持つ「懲戒検束権」によって設置されました。裁判を行わずに患者を処罰することができ、患者の人権を無視した規定でした。全国の療養所でも恣意(しい)的な運用がなされ、脱走したり、園の規則を破ったりした入所者を終戦後の四六年ごろまで閉じ込めていました。
監禁は三十日以内でしたが、同園入所者自治会の志村康副会長(73)は「解放されてもすぐに戻されることもあった」と証言します。
復元された「監禁室」は、一部屋六畳ほどの板張りで、扉にかんぬきが掛けられています。トイレは床板に穴を開けただけの粗末な造り。暖房はなく、照明も窓の格子の間から漏れる光だけでした。
志村副会長は「もともと理不尽な規則だが、それを破ったからと今も後ろめたい思いをしている入所者がいる。二重に罪深い」と話しています。
ハンセン病違憲国賠西日本訴訟の元原告の溝口製次さんは「『監禁室』には罪を犯した人が入れられたわけではなく、施設側に従わなかったなどと恣意的に罰せられ閉じ込められた。園内での人権侵害を生々しく伝える貴重な証拠です。恵楓園の入所者たちは高齢化がいっそう進み、多くの障害を抱えています。熊本地裁判決に立ち返り、恒久対策を充実させていくためにもたくさんの人に見てもらいたい」と話しています。

